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2006.05.31

夕暮まで

Scan1 厄介なこと。それをどうにか回避するすべを、わたしたちは歳を重ね、経験によって少しずつ覚えてゆく。結局のところ、どう取り繕うとも繋がろうとも、わたしたちの誰もが厄介なことに巻き込まれていないだろうか。そして、自ら厄介なことを選ぶ者も少なくない。厄介の根にあるのは、他人である。自分以外のすべての者は、どうしたって他人なのだ。“わたしたちって、どういう関係なのかしら?”例えば或る女が、ほんのりと媚びながら問うてみたとする。寄り添っているはずの男に。もちろん、“他人同士”などと男は云わない。云わないにしても、心の隅っこの無意識の部分では、“あぁ、僕らは他人なのだな”と、そう躊躇いつつも思うのではないだろうか。はっきりと口には出さずとも。もしかして。もしかしたら。吉行淳之介・著『夕暮まで』(新潮文庫)には、そんな厄介な他者との関わりが描かれている。

 他人の領域に立ち入るという、輪郭の曖昧なそれについても語っておこう。寄り添えば寄り添うほどに、その一定の領域に迷う。具体的なカタチにしてしまえば、責任の一端を必然的に担わなければならなくなってしまうのだ。他人に或るカタチを与え、受け入れさせるのだから。喜びも悲しみも“半ぶんこ”。或いは、“2倍”だとか“大きくなる”だとか。そんな都合のいいことが実際には起こり得ないとしても、感情は勝って気ままに伝染する。好きだとか、愛しているだとか云わずとも、だ。もの云わぬ絶対。そこで他人を自分の好きな色に染めて、深く深く根を張りめぐらせてゆく。何という罪。何という領域。あまりにも危うい心模様に、はらはらとする読み手のわたし。

 物語は、中年の男と若い女との親密なる関係を描いている。父親とその娘。そんな親子ほども歳の離れた2人は、ひどく“厄介なこと”を恐れている。その関係の妙も、誰の目にも触れさせないように気を配る。噂の種は確実に摘み取り、取り除く。若い女は、処女(定かではないが)。1年以上もの付き合いながら、ただひとつ、処女であることだけを守っているのだ。決して脚を開かない。だが、他の性的な行為については少しも嫌がらず、彼女なりのプライドを感じさせる。夢と現実。それを印象づける鮮血。2人の奇妙な愛は、1つではない。そう、男には妻がいる。性行為を繰り返す相手も幾人かいるのだ。そして、若い女にもまた、この中年の男以外にも恋人らしき人物がいる。

 さて、冒頭で触れた“厄介なこと”に話を戻そう。物語にはたびたび、中年の男がそれを回避するための思考が描かれている。女(若い女以外も含めて)が次に云おうとしている言葉を先読みして、細かに言葉を選んでいる。まるで、“厄介なこと”に脚を踏み入れることを求めているみたいに。考えをめぐらせ、予想通りのことを云わせる。そうして、この物語というものが若い女の処女性をテーマにしているわけではないことを知るのだ。こだわり、興味、主義主張…などなど、誰もが抱え得るもの、押しやっている感情そのものを思わせる。だからもはや、過ぎ去った日々のことを語るまでもないだろう。今、此処にいるということ。頼りない2つの貧弱な脚だって、ちゃんと地を踏みしめているのだから。

4101143110夕暮まで
吉行 淳之介
新潮社 1982-05

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コメント

おー、今回は吉行さんで来ましたか。。。
ずーっと昔、ましろさんがまだ生まれていない頃に読んだ覚えがあります。
若いときに吉行さんを読んでもきっと印象が違うと思います。多分。
今度、機会があったら「砂の上の植物群」とか「夕暮れまで」とか読んでみようかなーと思いました。
吉行さんの小説では結構鮮明に覚えていることがあります。「もう、年をとってできなくなっちゃう前に、赤い玉が出て、”あがりー”っていう声が頭の後ろでするんだよ。」といったような言葉だったと思います。今の竹蔵にはちょっと怖い話です。(笑)

竹蔵

投稿: 竹蔵 | 2006.06.03 08:26

竹蔵さん、コメントありがとうございます!
レスが遅くてスミマセン。

を。そんなに昔に…!
わたしの初、吉行さんは中学か高校時代でした。確か教科書で。
ちょうど、連続テレビ小説「あぐり」をやっていた頃で、
吉行さんのバックボーンのようなものを探ってウキウキとしていました。
でも、もうほとんどの作品を忘れてしまっている…
「子供の領分」→「夕暮まで」ときて、次はどうしましょう。
かなり迷います。

投稿: ましろ(竹蔵さんへ) | 2006.06.04 19:48

ましろさん

すっかり老人力(BY 赤瀬川原平)がついてしまっている竹蔵は、もうあまり思い出せません。ということで、ましろさんにアドバイスすることもできません。すいません。

昨日今日と御殿場にフットサルの合宿に行って来て、日焼けが痛いです。あと、体力の限界で、今はあまり考えられません。ということで今日はいい加減なお返事で失礼します。

竹蔵

投稿: 竹蔵 | 2006.06.04 21:34

竹蔵さん、こんばんは。
コメントありがとうございます!
そして、あまり気にせずにしてくださいませ。
気持ちの向くほうへ、流れにまかせて読むのもよいかなぁ、と思います。

フットサル!やってらっしゃるのですね。
日焼け、お大事になさってください。
どうか少しでも癒えますように!

投稿: ましろ(竹蔵さんへ) | 2006.06.05 19:36

ん?今度はなんと、「夕暮まで」ですか・・・。
実はうちの本棚にも、ずっ~と前からあるんですよ、たしか?高校生の頃かな、これを読んだのは。
(爆)
また読んでみようかな。

投稿: 工作員 | 2006.06.09 12:57

工作員さん、コメントありがとうございます!
ほんと雑食傾向にある読書でして。
高校生時代に読まれたとは…!同じですね。
やっぱり教科書効果でしょうか。
ちなみに高校時代のバイブルは、三島由紀夫でした。
しかも「禁色」(笑)

投稿: ましろ(工作員さんへ) | 2006.06.09 16:56

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