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2006.05.07

いちばん美しいクモの巣

20050702_44026 真夜中、頬をくっつけ寝ていた愛猫が、はっと目を見開いて、一点に視線を寄せる。ひくつくヒゲの気配は、せっかく微睡みかけたわたしに、その視線の先をさぐらせる。真っ白な壁によくはえる、薄明かりにある小さな闇。そこから、細長い影がいくつも伸びて、存在を大きくする。クモである。そして、わたしは声もなく、ぎょっとその場に固まる。毎度、もれなく固まる。そんなわたしが、アーシュラ・K・ル=グウィン著、長田弘訳、ジェイムズ・ブランスマン絵による『いちばん美しいクモの巣』(みすず書房)を手に取ったのは、グロテスクさを排除したクモを、シンプルな線と線の繋がりを、そこに魅せるかたちというものを、美しいと感じたからだった。ページをめくれば、想像以上の気づきと感慨。まさにいちばんだ、と思わせる。

 クモのリーゼ。彼女は、むかし王様のいたというお城にいる。そこはもう、誰もいない、クモの巣と埃にまみれた場所である。他のクモたちと彼女が違うのは、クモの巣づくりに対する思い。クモというのは、何も意識などせずに美しく、一切無駄のないクモの巣をつくることができるものだ。けれど、リーゼはもっと新しい結び方の、もっともっと新しいパターンの、もっともっともっと新しいかたちを試してみたくてたまらないのだった。そう、彼女はクモの巣をつくることが、何よりも誰よりも好きだったのだ。さまざまな工夫を凝らして、いろいろ試して。お城の窓枠の浮き彫りや古めかしい絵、床にしかれたカーペット。彼女の手本は、そんなところにまで広がった。

 ここから先の物語は、クモと人間との接点というもの。あまりにも交わらない、わかり得ない。そういう現実と横たわる滑稽さとが、なんとも上手く絡み合った展開である。クモを嫌う人がいる。クモに寄り添う人がいる。クモなぞ見ない、人もいる。どちらにしても、どれにしても、わたしたちの世界の主役はわたしたちにすぎない。或いは、わたしだけにすぎない。クモの世界でクモが主役のように、わたしたちのいる世界では、わたしたち、或いはわたしだけが主役なのだ。物語だけでなく、わたしたちの日常というものは、きっとそんなものに違いない。だからこそ、ページをめくってはっとする。ページをめくらずにはいられない。そういう気がする。

 さて、真夜中に見つけてしまったクモの話を続けよう。薄明かりの中の小さな闇は、どうなったか。いくらわたしがじっと見ても、その闇はちっとも動かなかった。だからわたしは、突いてみた。ちょうど部屋のすみにあったポスターをまるめて。つ、つつつ、と。思わぬ速さで、クモはついついついと動いた。下へ下へと移動した。そうして、本棚に隠れるように見えなくなって、わたしはそのクモのことを諦めた。忘れることにしようと思った。小さな明かりまで消して、眠りに就こうと決めた。けれど、いざ目を閉じてみると、クモはぬぬっと目の奥にいて、気に障るほどうごめいている。いなくなれ、いなくなれ。わたしの中で繰り返しても、脳裏にこびりついて消えずにいる。わたしは、ついに朝までクモに心を侵食されてしまったのだった。クモというのは、よくない。でも、この物語は別である。

4622047438いちばん美しいクモの巣 (詩人が贈る絵本 II)
Ursula K. Le Guin James Brunsman 長田 弘
みすず書房 2001-12

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コメント

うわあ。読みたかった本が、ここに。
そんな本に、ましろさんの書評がつくと、今すぐ
にでも読みたくなっちゃいます。駄目駄目・・・
我が手元には「次の方の予約入っていますから」
と図書館員さんにキツク!?釘をさされた本があ
るのだった。
でも、次回は、絶対に借りてこよう!心に決めま
した。長田弘さんの詩が好きです。

投稿: こもも | 2006.05.09 05:19

こももさん、コメントありがとうございます!
いいですよ~コレは。ほんとにいいですよ~うっとりですよ~
(ちょっとだけプレッシャーのようなものをかけてみる、笑)

予約入っている本を借りたことがないのですが、
焦っちゃうのでしょうか。がんばっちゃうのでしょうか。
なんだか予約というものに挑戦してみたくなりました。

長田弘さんって、詩を書く方だったのですね。
チェックしなくっちゃ。教えてくださってアリガトウです。

投稿: ましろ(こももさんへ) | 2006.05.09 06:59

ましろさん、こんにちは!
「いちばん美しいクモの巣」、借りてきました。
ましろさんの感想を(文章を)読んだら
ど~しても読みたくてうずうずで図書館に予約入れちゃいました。
美しいですね♪
これからじっくり読みます。
また感想書いたらTBさせてくださいませ。
ましろさんのおかげで素敵な本との出会いが多くてほくほくです(*^-^*)

投稿: リサ | 2006.05.19 16:50

リサさん、コメントありがとうございます。
記事を読んでうずうずしてくださったんですね~!
とっても嬉しいです。
本との出会いは、些細なところ、モノから広がって、
クモの巣みたいにどんどん張り巡らせていくのでしょうか。
リサさんの記事、楽しみにしてます。
TBはお気軽にどうぞー。

投稿: ましろ(リサさんへ) | 2006.05.20 11:16

こんばんは♪
美しい絵本堪能し読み終えました。
リーゼの創作への純粋な探究心、ぐっときました。
素敵なお話しです。
図書館で借りている間は何度も何度も読んで
楽しもうと思っています。

TBさせていただいたのですが、はじかれてしまったので、
もしかしたらましろさんのほうで受け取っているかしら?と
何度も送信するのはやめました。
もしTBが来ていなかったら再度送りますね(*^-^*)

投稿: リサ | 2006.05.21 21:12

リサさん、再びありがとうございます!
リーゼの物語、気に入ってくださったみたいで、
すごくウキウキと嬉しい気持ちになっています。

ここのところ、サーバーの不具合続きで、
夜間になるとどうにもならなくなってしまうことが多いんです。
(特に、21時以降から。)
いつになったら、サクサク投稿ブログになるのやら…
でも、なんだかんだ言いいつつもココログが好きだったりもして、
複雑に揺れております…

投稿: ましろ(リサさんへ) | 2006.05.22 04:46

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いちばん美しいクモの巣アーシュラ・K. ル=グウィンUrsula K. Le Guin James Brunsmanみすず書房2001-12by G-Tools クモのリーゼの夢は、世界で一番美しいクモの巣を作ること。どうやったら、美しいクモの巣を編めるだろうか? 彼女は一生懸命、編み続けます。そして、ある夏の朝…。クモの巣のように美しい絵本。 図書館からの帰り道、雨に濡れる生垣に無数のクモの巣を見つけた。しずくを捕らえたそれはキラキラと光って美しい。クモの芸術である。しばらく写真に収めようか... [続きを読む]

受信: 2006.05.21 21:05

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