ミーナの行進
閉ざされた世界。ごくごくちいさな世界。思えばわたしは、ずっとそんな世界で時間を埋めてきた気がする。ひとりきりで。ひとりよがりに。数年前よりもずいぶん上手に埋めることができる、と言いきれるくらいに。わたしが、小川洋子著『ミーナの行進』(中央公論新社)でじんときたのは、そういう部分についてだった。わたしが著者の作品に寄り添うのは、共鳴するのは、よく馴染むのは、きっと閉ざされている世界が描かれているからなのだろう。自分自身の足下を見る。自分の身の丈をわきまえる。自分のいる場所を理解している。閉ざされているからこそ、見えること。閉ざされているからこそ、わかること。わたしはそれを、とても心地よいと思う。
物語の語り手は、いろいろな事情で母親と離れ、一度も会ったことのない親戚の元で暮らすことになった中学1年生の少女である。親戚は芦屋の大きな家に暮らしており、そこはかつての動物園であった。フレッシーという清涼飲料水の社長である、思わず自慢したくなるような伯父の案内により、誤植を探すことにとらわれた伯母、ドイツ生まれでお洒落なローザおばあさん、病弱で利発でマッチで美しい灯を点すことのできる従妹のミーナ、住みこみながら主導権を握るお手伝いの米田さん、無口な通いの庭師の小林さん。そして、大事な住人であるコビトカバのポチ子と出会うのだ。語り手の少女とミーナの濃密な時間。物語設定の特異さよりも、あちこちに散りばめられた、いくつものいとおしい記憶が光っている。
先に述べた閉ざされた世界。物語の中では、そこに暮らすひとびとはもちろん、家そのものにも言える。とりわけ、少女の従妹のミーナの世界はさらに閉ざされている。閉ざしている、とも言える。自分の足で外へ出かけることもままならず、たびたび発作に悩まされるミーナ。そんなミーナの世界を広げるのは、少女の借りてくる本とフレッシーを届ける青年と、何よりも青年がくれるマッチ箱に描かれた絵である。僅かばかりの限られたものやひとから、たくさん得ることができるミーナ。その吸収力というのは、閉ざされて、閉ざしているからこそのものではないのか。わたしのごくごくちいさな世界と重なって見えるのは、思い上がりかも知れないけれど、いつか開かれる世界を思って、疼くものを意識したのだった。
もうひとつ、わたしが心を寄せたのは、語り手の少女と図書館のとっくりさんとが言葉を交わすところ。少女はミーナに頼まれるままに本を借りるだけにすぎなく、ミーナの口にしたことを話すにすぎなかったのだけれど、初恋と言うべきか憧れと言うべきか、本という存在がひととひととを繋いでゆく場面があるのだ。心を通わす。それがこんなにも震えるものだったのか。こんなにも自分を恥じ入らせるものだったのか。わたしが世界を閉ざして、ひとりきりで、ひとりよがりになっている間に、ひととの対話を知らしめたのだった。対話は、言葉によらないときもある。わたしが浸りすぎてしまう本の中にも、ある。それでも、本物の対話をしなくてはいけないのだ。ひとりきり、でも。ひとりよがり、でもなくて。
![]() | ミーナの行進 寺田 順三 中央公論新社 2006-04-22 by G-Tools |
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コメント
ましろさん、こんばんは。
閉ざされた世界の素敵な物語でしたね。
マッチがすごく上手に使われていたように思います。
投稿: なな | 2006.05.27 22:45
ななさん、コメント&TBありがとうございます!
ホント素敵でしたね、この作品。
マッチ。つい、そのデザインの意味するところを、
あれこれ考えてしまいました。
投稿: ましろ(ななさんへ) | 2006.05.29 13:06
TBさせていただきました?
この一年間の思い出をとても大切にしているのが伝わってくるすてきな作品でした。
図書館のとっくりさんとの語らいは、少女のいじらしい気持ちが感じられて好きな場面です。
投稿: 花 | 2006.08.26 20:35
コメントありがとうございます!
TBできなかったみたいで申し訳ないです。
いろいろ不具合続きでして。
この作品の、少女のいじらしさ。いいですよね。
わたしも図書館での場面はすっごく好きでした!
投稿: ましろ(花さんへ) | 2006.08.26 22:40
ましろさん、こんばんわ。
私もこの世界に閉ざされたものを感じたのですが、
それが心地いいのは、優しい人ばかりで世界が完結しているからかな・・と思っていたのです。
でも、ましろさんの
>自分のいる場所を理解している。閉ざされているからこそ、見えること。
というのを読んで、なんだかするっとひっかかっていたものがとれたような気がします。
閉ざされた世界は居心地がいいけれど、ミーナは違うところで行進を続けていた・・というラストがすごくうれしかったです!
投稿: june | 2006.10.03 23:25
juneさん、コメントありがとうございます!
確かにミーナは、優しくてあたたかな人たちに囲まれてましたね。
だからこその居心地のよさは、わたしもあると思います。
甘えにも似たような意味合いでも、もちろんあるかもしれない。
なんせ、ミーナはすっごい環境にいますから…。
ラスト、よかったですよね!うんうん!すっごく!
わたしも嬉しくなったのを覚えています。
投稿: ましろ(juneさんへ) | 2006.10.04 00:02
こんにちは。
端から見ると幸せそうな一家なのに、ほんとはどこか欠けていて、寂しさを感じてしまいました。朋子の心の成長とミーナの淡い恋話のおかげで寂しさは紛らわされましたが。
あんな素敵なマッチなら、僕も集めてみたい!と思いました。
投稿: あおちゃん | 2006.12.11 12:07
あおちゃんさん、コメント&TBありがとうございます!
そうですね。どこか欠けていて寂しさが漂っていましたよね。
でも不思議とあたたかなのが、著者ならではなのかもしれません。
マッチ。素敵!レトロな雰囲気がよいですよね!わたしも集めたいです。
投稿: ましろ(あおちゃんさんへ) | 2006.12.12 16:13
ましろさん、はじめまして。ななさんのブログから、こちらを知りました。
ましろさんのレビューは、まるでその小説の後に、もう1章あるような気持ちにさせてくれます。
『閉ざされた世界』は、私も強く感じました。でも、ラストでじつは全く閉ざされてなどいなかった、ってなるのですよね。(だと、私は解釈したのですが)
悪意の全くない人たち、ほころびが完全に解消されたラスト。『不安定に見える実際の私たちの世界でも、安心して行進していいんだよ。』って言うために、これらが絶対必要だったのでは、と感じています。
投稿: マエガス | 2007.01.24 15:35
マエガスさん、はじめまして。
コメントありがとうございます!
小説のもう1章とは、恐れ多いです。
そうですね。ラストは、決して閉じてはいなかった。
けれど、どこか何かが欠けているような雰囲気が漂っていた気がしています。
それで敢えて、「閉ざされた世界」と書いてしまいました。
安心して行進できることのほっこり感。
今でもよく思い出します。
今後もどうぞよろしくお願い致します。
投稿: ましろ(マエガスさんへ) | 2007.01.25 17:24
先のコメントを書いたときTBもしたのですが、うまく出来なかったみたいです。二重にTBになってしまったら、ごめんなさい。TBさせていただきました。
ところで、今日図書館に行ったら、
「あれ、ましろさんのブログが本になっている!」
って、びっくりしてしまいました。
萩原朔太郎の「猫町」でした。
新旧ともに借りることが出来たので、時間をかけて楽しんでみるつもりです。
いつになるか分かりませんが、ましろさんの記事にもコメントを書きますね。(ましろさんのは、まだわざと読んでいないんだ)
投稿: マエガス | 2007.01.26 21:46
マエガスさん、再びコメントありがとうございます!
TB。どうやら2回とも反映されなかったようで、すみません。
サーバーの相性が悪いのでしょうか…?本当にごめんなさい。
おお、「猫町」!いいですよね!!!
猫だらけで素敵な作品です。
読み終えたら、ぜひいろいろ聞かせてくださいませ。
ではでは。
投稿: ましろ(マエガスさんへ) | 2007.01.28 16:39
はじめまして。こんにちわ。
最近よくブログ読ませていただいております。
blogpeopleのリンクリストに追加させていただきました。小川さんの作品私も大好きです。
投稿: peco0102 | 2007.10.28 18:26
peco0102さん、はじめまして。
コメント&TB、そしてリンクまでありがとうございます!
小川洋子さんの作品いいですよね。
ずっと作品を追いかけてゆきたいと思っております。
今後もどうぞよろしくお願い致します。
投稿: ましろ(peco0102さんへ) | 2007.10.29 16:51