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2006.05.09

きのうの雫

20050830_44152 しなやかにしたたる。したたかにしたたる。言葉はそうやって、ときにわたしの中へ落ちてくる。そこに秘められたユーモアと哀しみとは、いくらこぼれ落ちても果てることを知らず、いつまでも終わりなくしたたっている。平田俊子著『きのうの雫』(平凡社)は、まさにそんな1冊だと思う。著者の作品にはじめて触れたときから、したたり落ちてきた言葉たちは、詩や小説にとどまらず、“日々のこと”や“かくことよむこと”、“生きてきたこと”を連ねた散文集でもしっとりとわたしに馴染んでくる。わたしが意識して寄り添う必要もなく、したたって染みゆく。むしろ、言葉たちの方から寄り添ってくる。わたしと言葉とがごくごく近い関係になる、したたりなのだ。

 この1冊の中でわたしが心惹かれたのは、傷について書かれた文章だった。人は誰もが傷を抱え生きているものだが、それと向き合うことはひどく難しい。思えば、傷が癒えることよりもずっと、傷を負うことは容易だ。体の傷は、心を蝕む。心の傷は、体をも傷つける。わたしたちは、それでも“生きよ”と背中を押されてしまう。そんなふうに掻き立てるのは、傍にいるあなたかもしれないし、わたしたち自身かもしれない。あるいは他の、もっと大きなものに呑まれてしまうのか。5歳の頃から傷を抱えている著者は、傷を撮っている写真家と出会い、あるとき被写体になることを決意する。そこで著者が体験した不思議な感覚、心の変化というものが、やわらかに綴られていく。

 また、孤独について書かれた文章もいい。著者のライフワークである詩。そこに横たわる深い孤独というもの。なぜ紡ぐ。どうして紡がずにはいられない。その答えを探るように、いろいろに思いをめぐらせてゆく。人はみな、どうしたって誰もが孤独。きっと、幸せでも不幸せでも。めぐらせた思考の結論としたら、そう曖昧になってしまう。そして、著者は言う。“詩人は孤独だから詩を書いて、書いていっそう孤独になる”と。逃れられないもの。それでも、さらに奥へ進まずにはいられないもの。孤独という存在は、わたしたちをぐいっと引き寄せて逃がさないらしい。だからわたしは、孤独を紡いだ詩人たちの言葉に、怯えることなく浸ってみたい気がする。著者の尊敬する辻征夫とか、くちあたりのいい金子みすずとか。

 もうひとつ、詩のボクシングについて。たびたびこの1冊の中に出てくるイベントの話である。リング上で自作の詩を交互に朗読して、競い合うという。全部で十ラウンド。最後の詩は、3分間でつくらなければならない。このイベントで著者は島田雅彦氏と競うことになり、詩の競技のときの光景をぱっと見せてくれる。男前の上に、舞台慣れしていて、さらに観客をも巻き込み、わかせる島田氏に対して、正攻法の著者。詩に対する深い愛情とプライド、少し卑屈な心持ちを感じさせる、憎めない人。可愛らしい人。何よりも、誠実な人だと思った。しなやかにしたたる。したたかにしたたる。著者の言葉はそうやって、始終わたしの中へ落ちてきたのだった。

4582829708きのうの雫
平田 俊子
平凡社 2001-10

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コメント

初めまして!
ご本がお好きなのですね。
私はクラシックピアノをやっているので、
「ピアノ調律師」という本が目にとまりました。
楽譜ばかり読んでいて、あまり本を読む時間がないのですが、芸術と小説は密接な関係があるので本当は大事です。
(リストの「ダンテを読みて」など、そこからインスピレーションを得ることが多いので)
TBさせていただきますので、これからも宜しくお願いいたします。

投稿: kyokochaa | 2006.05.10 13:50

kyokochaaさん、コメントありがとうございます。
ピアノをやってらっしゃるのですね。
わたしも少しばかり弾いているので、
ピアノ関連の本には自然と手が伸びてしまいます。
芸術と小説。確かにとても密接だと思います。
そこに根付く結びつきを感じることが、しばしばあるので。

TBは、ここのところうまくできないようなので、
いろいろとご迷惑をおかけしてしまうかもしれません。
サーバーのメンテナンスはいつまで続くのか…
今後もどうぞ、宜しくお願い致します。

投稿: ましろ(kyokochaaさんへ) | 2006.05.10 19:19

はじめまして。ブログ村から来ました。
読んで好きだった本がいっぱい紹介されていて
うれしくなってしまいました。
私も一時期“傷”を負っていたことがあって、
「ピアノ・サンド」を読んで「どうしてこの人は
ないものがある人の気持ちがわかるんだろう?」と
不思議に思っていました。
ましろさんのブログを読んでそうだったのか!と。
早速「きのうの雫」も図書館で予約しなくては。
他にも読みたい本がわんさか出てきてわくわくしてます。
桐野夏生、私も読まず嫌いしてましたけど
読んでみようかしら?

投稿: なゆ | 2007.05.08 18:44

なゆさん、はじめまして。コメントありがとうござます。
わたしも「ピアノ・サンド」から入りまして、
そこから平田俊子さんに夢中になったんですよ。
小説とは、また違った雰囲気がこの本では味わえますよ。
本当にオススメです!

読まず嫌いについては、直さなくちゃと思っているのですが、
なかなか難しいですね。
気が向いたときにでも、どうぞ(笑)
わたしもマイペースにゆきたいと思ってます。

投稿: ましろ(なゆさんへ) | 2007.05.10 19:06

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 先輩と話してたり後輩と話してたり、つまらんことをブログ書いたり、友達とメールやったりするとき、どうしてか言葉遣いってそれぞれ違う。同じ友達相手でもオタっぽい奴の場合とイケテル奴の場合と若い女の子の場合と決して若くない女の子の場合とでもぜんぜん、違う。みんな相手に合わせてバチっとチャンネルを切り替える。シリアスな話体がふさわしい場所でコミカルな話体はさむいでしょう。(いや、シリアスな場所をコミカルに。これ出来る人、すご�... [続きを読む]

受信: 2006.05.18 23:46

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