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2006.05.06

雪のひとひら

20050815_155 はぁ、とため息をつかせるほどに、シンプルなかたちと色をした生。人生の縮図というものを思わせる、ポール・ギャリコ著、矢川澄子訳『雪のひとひら』(新潮文庫)。ある冬の日に生まれた“雪のひとひら”というひとり。或いは、多くの中のただひとつの存在が、さまざまなことに出会い、向き合いながら、ひとりとして、女として、知って学んで生きる物語である。喜びも悲しみも、なにもかもをやわらかにあたたかに描いているからこそ、じんと伝わる。響き、染みゆく。季節はずれのこの物語を読んだことに、わたしが後悔しないのは、きっとあまりにもしっくり今に馴染んだからだろう。

 ジャンルとしたら、ファンタジーであるこの作品。ここには、ふと生まれ落ちたところから始まり、そこにある生へのいくつもの疑問を抱えて、造り主へ問いかけつつ、それでも生をまっとうする姿がある。懸命に、謙虚に、真摯に。そんな言葉がぴったりな生きざまでもある。わたしの中にある迷い。鬱々とした翳り。ふつふつとわく苛立ち。そういう類のものたちが、雪のひとひらのごとく、雨のしずくのごとく、流れ流されてゆくのと一緒に、自らの意志で確かに流れ、進みゆくように感じられたのだ。不思議なくらいに、ゆるやかに。なごやかに。ゆうるりと。そういう流れを思わせる物語は、なんとも心地よい読後感を残す。

 “雪のひとひら”の問いは、次のようなものである。いかなる理由で、この身が生まれたのか。こうして地上に送られ、よろこび、悲しみ、ある時は幸いを、ある時は憂いを味わったのは、なぜなのか。最後には無に帰すべきこの身を、弄ぶのはなぜか、と。そして、もしもこうして死すべくして生まれ、無に還るべくして長らえたのならば、ここにある感覚や正義、美というものは、どんな意味を持つのか、と。これらの問いは、わたしたちもある時期に、或いは生涯ずっと抱え込む終わりなき問いとよく似ている(まさにそれ)。わたしたちが無闇に複雑にしてしまっている、問いと。生というものの正体はいかなるものか。はて。

 小さくも大きく。単純ながら、複雑に絡みゆく問い。その答えは、わたしたち自身が、自分なりの生の中で見つけてゆくものなのだろう。“雪のひとひら”の辿り着いた答えに我が身を重ねつつ、わたしはそんなことを思う。重ねたいくつもの事柄をヒントに、自分というひとりについて考えあぐねてみたりして。今という時間。今あるわたし。そして、その周囲で起こるさまざまな出来事。些細な連なりは、いつのまにやら大きくなり、わたし以上のあらゆるものを巻き込んで流れてゆくのだろう。そうして、流れ流されて、わたしたちは生きる。いつかは生き逝く。その日まで切実に生きる。後戻りなどは決して、できないのだから。

4102168036雪のひとひら (新潮文庫)
Paul Gallico 矢川 澄子
新潮社 1997-11

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コメント

あたしもこの本、大好きです。時折ひっぱりだして、ぱらぱらと捲って読んだりします。やっぱり季節に関係なく(笑)溶けて流れていって、そう後戻りはできないんですよね。でもこの物語を読むと、なぜかほっとします。気持ちが落ち着く、というか。この本は、読む「歳」によっても、感じ方が変わってくるかもしれませんね。

ところで、漱石の「夢十夜」も大好きなので、↓に紹介されている本もぜひ読んでみたいと思いました。素敵な本を教えてくださって、ありがとー。

投稿: ミメイ | 2006.05.07 23:52

ミメイさん、コメントありがとうございます!
この本、お好きだったのですね。なんだか嬉しさがもぞもぞします。
実はコレ、何度か挫折していました。(ポール・ギャリコは苦手みたいで…)
読み手であるわたしの受け皿に余裕がなかったからか、どうしてか。
訳者である、矢川澄子さんへの興味がわたしをこの本へと掻き立てたみたいで、
今回は不思議なくらい心地よく読めたんです。
感じ方って変わるものなんですね。

リンボウ先生いいですよ。かなりダンディーでうっとり(笑)
でも、眠る前の「夢十夜」はかなりコワイです。

投稿: ましろ(ミメイさんへ) | 2006.05.08 16:10

こんばんは♪ ましろさん♪

毎年、この季節になると読みたくなる本なのです。
今日は、なんだか、そんな気分だったので
書棚の埃払いしながら読んでしまいました。
何度読んでも読み終える時には笑い泣きしてしまう
この季節には、特に慌しく気持ちがささくれ立ってくる
そんな12月には、かけがえのない1冊です。

ぜ~~ったいましろさんは読んでるっ!て思って
検索させていただきました♪
で、記事を書いてTB送ったのですが・・・
ん~、また、失敗しちゃったみたいです(汗)
LINKさせていただきましたので
よろしくお願いします♪

投稿: nadja | 2007.12.12 19:47

nadjaさん、コメントありがとうございます。
この季節にはぴったりしっくりくる本ですよね♪
書棚とにらめっこしつつ、窓の外の光景に目を奪われているnadjaさんを、
思わず勝手に想像してしまいました。
そして、この「雪のひとひら」をすっと手に取るの!
まるで何かに導かれるみたいに。
妄想族です(笑)

TB。ちゃんと届いていました。
すぐに反映されなくて、ご迷惑おかけしました!

投稿: ましろ(nadjaさんへ) | 2007.12.12 21:54

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不思議だね 晴れているのに 雪が降りてくる ふわりふわり、と舞い降りてくる雪のひとひら その ”ひとひら” と 目があったような気がした 「おかえり」? それとも 「ようこそ」? おもわず 口をついて出てきた言葉が この本を呼び寄せる いつか少しずつ乾いていた心に 一滴の命の水を与えてくれるような そんな物語 [ 雪のひとひら ポール・ギャリコ 矢川澄子訳 *新潮社単行本 ] [ 雪のひとひら ポール・ギャリコ 矢川澄子訳 *新潮... [続きを読む]

受信: 2007.12.12 19:37

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