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2006.05.20

夜の公園

20050513_011 いとけない人。わたしはきっと、ずっとそういう人なんじゃないだろうか。少しばかりそういう部分がある、でもなく。ときどきそうなのよね、でもなく。そういう人。そうである人。紛れもなく幼い人。川上弘美・著『夜の公園』(中央公論新社)を読み終えてめぐらせたのは、そんな思いだった。どうして今、ここにいるのか。いつからここにいるのか。どうやって、ここまで辿り着いたのか。物語に始終漂うのは、こういう不確かな日常や揺れ動く心情である。そう、まさに物語の中の登場人物たちもまた、“いとけない人”なのである。年齢的な部分だけを見たら、充分に大人であるのにもかかわらず。年月を重ねてもなお、どこか不自由で。生とはなんと、もどかしいものか。

 物語は、35歳のリリを中心に、その夫である幸夫、親友であり幸夫の不倫相手である春名、リリの恋人である暁の語りで展開してゆく。真夜中にそっと部屋を抜け出したリリが夜の公園で見る光景は、不思議なぐらい鮮やかで、そこにある匂いや気配、音は、知らぬ間に何かをひどく掻き立てる。例えば、これまで意識することのなかった、複雑に絡まる思いというものを。夜が人を魅せるのは、導かれるものが何もかも昼とは違うものだからなのか。部屋を満たす夜ばかりしか知らないわたしは、なんだか無性にそこに魅せられてみたい気がしてしまう。主人公リリが暁に惹かれたのも、少なからず夜の力があるんじゃないだろうか…なんて考えるのは、野暮かもしれないが。

 リリを魅せた夜。それは、暁との出会いである。いつしか冷めていた夫への思いを抱えながら歩いた公園での。暁はマウンテンバイクで、リリの横を通り過ぎる。そこに生じる風と、心を捕らえる広い背中。その刹那が繰り返されて、ふいに始まるのだ。見ていたのはリリだけじゃなく、暁も、だった。顔が好みだとか、趣味が合うだとか、性格がいいだとかではなく、2人はお互いのその佇まいから惹かれ合う。しかも、後ろ姿に、である。そうやって近づいて、馴染むようになって。立ち止まって、あれこれ考えるまでもなく、2人は惹かれあった。触れ合いたかった。ただそれだけのことなのだ。だからこそわたしは、自分を“いとけない人”だと言いたくなる。

 わたしがもうひとつ、心惹かれたのは、リリの親友で教師の春名が、生徒たちに自分とリリを重ねるところ。春名と生徒のこれまで歩んできた年月だとか経験だとかいうものは、もちろん異なる。それにもかかわらず、悩んでいること自体がほとんど変わらない。少女だった頃に思い煩っていたことが、ある程度の年齢になったからとて、わかるようになるのではないこと。それが、妙に悲しくて可笑しくて。なんだか妙に愛おしい。やっぱりずっと、いとけない人。永遠にずっと、いとけない人。それは人としてどうなのか、と考え出したら情けなくもなるけれど、大人とて子どもとて人間なのだと頷ける。心惹かれる部分はまだまだあれども、あとはわたしの胸に留めておこう。

4120037207夜の公園
川上 弘美
中央公論新社 2006-04-22

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コメント

ましろさん
トラックバック、ありがとうございました。

「いとけない」というコトバ、とても好きです。
ほんとうに、もっとちゃんとしたオトナになんなきゃと思いつつ、結局子どもの頃から変わっていないような気がします。子どものときの自分が、まだ胸のどこかで膝を抱えて座っているような。……でも、ちゃんとしたオトナって何だろう(笑)

あたしも春名が生徒と自分を重ねるところが好きでした。読みながら、自分がすいっと生徒のほうに重なったり、春名のほうに重なったり。それがなんだか不思議でした。でも、お婆ちゃんになってからこの本を読んでも、同じように感じるのかもしれないです。ふふふ。

投稿: ミメイ | 2006.05.21 00:28

ミメイさん、コンニチハ。
コメントありがとうございます!

ちゃんとした大人って、難しいですね…
誰にとってはこう。仕事のときはこう。
そんなっふうに見せる部分が違うと、
余計にわからなくなってゆく気がして。
なんだか私はまだ、消化吸収がうまくっていないみたいです。
心を寄り添わせながらの読書。
これはまだまだ習得の途中なのかしら。

投稿: ましろ(ミメイさんへ) | 2006.05.22 02:30

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