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2006.05.19

紙魚家崩壊 九つの謎

20050512_44002 口あたりのいい文章。心地よい気持ちで読ませるそれは、するりするりと染み込んでくる。空が泣いているようなとき。まさに、今日みたいにしたたかなしたたりを確かに見せるときなんて、北村薫著『紙魚家崩壊 九つの謎』(講談社)は、もってこいの本である。密やかに触れる至福のとき。「溶けていく」「紙魚家崩壊」「死と密室」「白い朝」「サイコロ、コロコロ」「おにぎり、ぎりぎり」「蝶」「俺の席」「新釈おとぎばなし」の9つの謎は、読み手をはらりとその世界に呑みこむ。もう読むのを止められないほどに。ミステリーが苦手なわたしがそんなふうになるのだから、ミステリー好きはどこまでも深くどっぷり浸ることだろう。

 9つある物語から、いくつか書いていく。まずは、「溶けていく」。ここでの謎は、精神的な部分を揺さぶる類のもの。いつからか、どこからか、どこまでも落ちてゆく感覚。きっかけはあまりにも些細で、連続する日常の中では見逃してしまうような、そういうもの。ふと見つけてしまった隙間ほど、恐ろしいものはないとも思える。新卒で入社した美咲が、入り込んでしまったのは、そういうものである。無性に食べたくなったアイスクリーム。けれど、コンビニで心を捕らえたのは、別のものだった。よせばよかった…そんな言葉を呟きはじめたときには、きっともう、かなり心を蝕まれているのだ。元いた場所にぐいっと引き寄せるのは、誰でもない自分自身の心持ちなのかもしれない。

 続いては、表題作「紙魚家の崩壊」について。右手と左手が恋し合っている女性と探偵とが挑む、紙魚家の謎の物語である。この設定だけで、ぎゅっと心を掴まれる。そして、紙魚家の主人とその妻とは、書物収集狂。そこへ行けば、必要な書物が読めるだろうということで、女性と探偵は紙魚家を訪ねるわけである。書物収集に魅せられた2人の思い。それを思うと、はぁと1つ息をつきたくなる。終わらない欲。終わりにしたいほどの欲。それほどのものがあるとすれば、何かを犠牲にしなければならないのか。人と人との結びつきと、それが離れること。あまりにもありふれた日常に見え隠れするミステリーは、心の痛みを強くする。苦しい余韻の中に、愛を見た気がする。

 もうひとつ書くのは、「おにぎり、ぎりぎり」。これは可笑しかった。たまらなく、くくくっと。園芸関係の出版社に勤める千春さんが、先輩の水町さんと一緒に専門家の稲村先生のフィールドへ付き添うことになり、先生の知り合いの大滝さんも加わったフィールドの後、大滝さんの家で奥様を交えて、女性陣はおにぎりをにぎる。そのおにぎりから、ささやかな謎を解くのだ。けれど、これが最もらしいものの……くっくっく。ミステリーにおける、女と男の違いを思い知ることになる。人というのは、生もの。何を起こすか、何を思うか、ときには法則なんぞ通用しない。恐るべし、おにぎり。さて、わたしのにぎるおにぎりは、どんなだったっけ。はて。

4062133660紙魚家崩壊 九つの謎
北村 薫
講談社 2006-03

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コメント

ちょっとインターネットの世界に疲れて、久しぶりに本を・・・と、探していたら、辿り着きました。
ネットに疲れたといっても,こうやってネットで探し物をしてしまう。
今日、「夢十夜」と「小さな恋の万葉集」を、これもネットで注文しちゃいました。
こんな素敵なブログ、いつまでも続けてくださいね。
またお邪魔します。

投稿: 工作員 | 2006.05.20 20:00

はじめまして。コメントありがとうございます!
本探しの参考になっていたら、嬉しいです。

「小さな恋の万葉集」。タイトルからして惹かれます。
こうして出会う本があると、ブログめぐりはやめられませんね。
またぜひ、いらしてください。

投稿: ましろ(工作員さんへ) | 2006.05.20 20:56

こんばんは!
トラックバックありがとうございました♪
どの話も違った味わいがあって、良かったですよね~
「白い朝」のあの子は、もしかしてあの人?
なんて考えてしまったり(これじゃ伝わらないですね 汗)
ましろさんの書かれているように、「おにぎり、ぎりぎり」にはクスクス笑っちゃいますよね。
私の握るおにぎりは・・・と実は私も考えてしまいました。
結果は、三角になりきれない丸おにぎりでした(^_^)

投稿: エビノート | 2006.05.31 20:32

エビノートさん、コメント&TBありがとうございます!
ホント、味わい深い作品ばかりで読んでよかった~と思ってます。
「白い朝」のあの子っていうのは…?
他の作品のあの子でしょうか。さて。はて。

それにしても、おにぎり。
個性が出ちゃいますよね。
三角に握るのって、ムツカシイです。
まあるいのも、かわいいと思いますよ。

投稿: ましろ(エビノートさんへ) | 2006.05.31 23:07

こんばんは^^
私も北村薫の文章は大好きなのです。ゆっくり胸に落ちていく感じで落ち着くのです〜。
↑のエビノートさんのコメント拝見してはじめて気が付きましたが、そうか、そういう可能性もありますね〜<あの子
年齢的にも合いそうだし、何より落語と観察眼!うわあ照れる〜(何)
おにぎりは論理を軽々と超越する女とそれに呆然とする男がどっちもかわいくて、ホントに楽しくて気持ちいいミステリだったですねv

投稿: banri | 2006.06.24 21:38

banriさん、コメント&TBありがとうございます!
わたしも北村氏の文章心地よいです。よく馴染みます。
ね、あの子ですかね。やっぱり。
それとも、ただの偶然なのかどうなのでしょうか。
謎が謎を呼んで謎だらけになってゆく…嗚呼。
しかも、banriさん照れてらっしゃるし(笑)
おにぎり。男性はどう読むんでしょうね。
やっぱり北村氏は女性の思考を細かに理解してらっしゃる!すごいです。

投稿: ましろ(banriさんへ) | 2006.06.25 00:10

だって、あの人の初恋バナかもしれないと思ったらなんだかすごく照れてしまって(笑)
もちろん似た道へ進んだ他の人かもしれませんけど、そう思って読むと楽しいです。かわいい少年時代ですよね…
奥様との恋愛もきっとローマンティックだったんだろうなあ〜。
青年時代のあの人を思わせる短編も、いつかどこかで読んでみたいです。

投稿: banri | 2006.06.26 21:11

banriさん、再びコメントありがとうござますー!
初恋バナ(笑)まさにそうですよね。
わたしまで照れてきてしまってマスよ。
またどこかで読めたらいいですよね、ほんと。
“ローマンティック”もいいですね!
通常のロマンの何百倍みたいで、ひとりニンマリしちゃいましたよ。

投稿: ましろ(banriさんへ) | 2006.06.27 07:54

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 久しぶりに北村薫のミステリを読んだ。「紙魚家」という名前にめちゃめちゃそそられますなー。それだけで書物・文字・知識…そしてそれらに惹かれてやまない書痴という種族がイメージされて。「本は紙魚に食われるから... [続きを読む]

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