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2006.05.24

小鳥はいつ歌をうたう

20051109_005 言葉は世界を閉ざす。人をも閉ざす。すぐ傍にあると、存在を主張するから。巧みに操る人に、強さを与えてしまうから。いつだってそこに、孤独を生むから。ドミニク・メナール著『小鳥はいつ歌をうたう』(河出書房新社)は、そんな想いをめぐらせる作品だ。読み書きができない母親の<わたし>と、話すことができない娘アンナ。2人の物語は、閉ざした世界にある。言葉によって。言葉あるゆえに。言葉なきゆえに。自らによって閉ざされたもの。それをひそやかに、開こうとする者がいる。それは、救済か。学びか。気づきか。分岐点か。或いは、ただ愛なのか。閉ざし。それを絶対だとか必然だとか思うのは、わたしもまた、閉ざした部分を持つからなのかも知れない。

 物語は、昔話から始まる。<わたし>に深く根差した、おじいさんの話だ。けれど、これがすべて真実なのかは、定かではない。おじいさんは、帰ってこなかったからだ。誰かから伝わって、語られて。言葉は、勝手に一人歩きをしてしまったのである。<わたし>。彼女が拒んだ世界は、彼女にひどく深い孤独を与えた。狂おしいくらいのそれを。そして、その娘アンナから言葉を奪った。互いに足りないものを埋め合うがごとくの、2人。だからこそ、絆は固く、密接である。その境界が曖昧になるほどに。アンナは<わたし>。<わたし>はアンナ。<わたし>の混乱は、アンナをも混乱させる。作品にある学校でのカーニバルの様子は、まさにそんな混乱を鮮明に語っている。

 おうしんぼう。小さな頃、わたしは親戚の間でそう呼ばれていた。内弁慶的なコミュニケーションしかできなかったわたしを、はやし立てるようにそう云ったのだ。小さなわたしはどうかすると言葉を見失い、首を縦に振ることと横に振ることしかできなかった。おとなしい。その一言で片付けるには、あまりにも苦しかったわたし。からかいつつも、将来を心配した周囲。いつから人並みに(多分)話せるようになったのか覚えていないものの、未だにわたしが何か話すたびに、親戚は耳そばだてるように聴いてくれる。あらあら、少しは話せるようになったじゃない。まあまあ、びっくりしたわ。大人になったのね…そんな心持ちで(と、いうことは人並みじゃないということか…)。

 <わたし>とアンナ。そこに入り込むメルラン。アンナの学校の教師である。耳の聞こえない子どもたちの中にいて、最も話す可能性を秘めたアンナに、少しずつ言葉を近づけようとするのだ。だが、<わたし>はそれに怒りを覚える。彼の嘘と、アンナとの関係を乱されることに。アンナが話せるようになること。それは即ち、<わたし>の孤独が深まるということ。<わたし>が置き去りにされるようなものなのだ。彼女のルーツにある物語が、彼女を一人にするからでもある。言葉は、奪う。彼女から娘を。そして、世界を。何もかもを閉ざす。その存在を、主張するから。巧みに操る人に、強さを与えてしまうから。いつだってそこに、孤独を生むから。でも、孤独は、いつまでも続かないはず。きっと。たぶん、ね。

4309204554小鳥はいつ歌をうたう (Modern & Classic)
北代 美和子
河出書房新社 2006-01-11

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コメント

ましろさん、こんばんわ。
タイトルといい、物語のテーマといいとても素敵そうな本ですね。(もちろん、酒井駒子さんの装丁も。)

ましろさんのブログを見てると、まだまだ知らない作家や、知らない本がたくさんあるんだなぁとつくづく思い知ります。

酒井駒子さんが装丁に携わっている本は、ゆっくり買い足して全部あつめようと思っているので、これも購入リストに記入しておきますね。(本屋でみかけませんね、この本)

投稿: 遠江 | 2006.05.25 23:28

遠江さん、コメントありがとうございます!
はい。コレ、素敵な本でございます。
酒井駒子さんの表紙にうっとりして、読んだ1冊でした。
(動機が不純やも知れない…ですね。でも酒井さん好きなので。)

ほとんどエンタメ系は読まないので、読書傾向は偏っているかな…
と思いつつ、今後も励みたいと思います。

遠江さんのところで拝見した、白水Uブックスのポール・オースター。
積読のままなので、手を出したいと思ってマス。

投稿: ましろ(遠江さんへ) | 2006.05.26 06:06

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