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2006.04.03

ガラスの鐘の下で アナイス・ニン作品集

20050721_058_1 紫の誘惑に、まるごと呑み込まれてしまいそうになる。上質な白はその色を際立たせ、美しい佇まいをきりりと引き締める。淡さと濃さ。そのバランスは、絶妙である。アナイス・ニン著、中田耕治編訳『ガラスの鐘の下で アナイス・ニン作品集』(響文社)は、あまりにも贅沢な書物で、その魅力に眩暈を覚えてしまう。アナイス・ニンの13もの短編を収録した第一部と、12人によるアナイス・ニン像が語られた第二部による構成。その人物像や作品が示すとおりの色である、気品ある紫の印字が、アナイス・ニンという一人の女性をさらに魅惑的に味わい深い存在にしてくれるように思われる。読みながら陥る苦悩というものに、孤独というものに、私はすっかり夢中である。

 ここには、いくつもの目がある。私はアナイスの短編を読みながら、そればかりを思っていた。物語を語る或る一人の主観。その視線の先にある光景と、その光景を見つめる自分自身を少し離れて、そっと見ている者がいるように思えるのだ。主観に満ちているのに、客観的。広く大きく揺れる、揺れることのできる感情の幅を感じるのだ。鋭く切り取られる1つ1つの場面は、読み手の脳裏にさまざまなものを鮮明に刻み込んでゆく。描かれる人々は、生きながら死にながら苦しむことを知っている。つのる孤独感は、心地よくもひどく虚しさを呼ぶ。そして、同時になんとも愛おしい瞬間を感じさせる。行き場をなくして堕ちること。絶望。そういう果てには、もしかしたら。もしかしたら…そんな我が侭な乞いを。

 掻き立てられるいくつもの物語の中でも、一番はじめの「ハウスボート」は静謐な余韻を残す。人の流れや街のざわめきから逃れるように、主人公は軌道を外れて水に漂う。水際には、孤独ながらも兄弟のように寄り添う放浪者たちがいる。美しい川のきらめきは記憶を心地よく奪い、夢の中へと人々を誘う。けれど、空想を破る絶望的な現実の中で、少しずつ確実に、道は閉ざされてゆく。川の流れに感じた自由も夢も、もしかしたら何もかも。どことなくその行き先を予感していたのか、或いは待ち望んでいた結果であったのか、不思議なくらい冷静に主人公は佇んでいる。まるで酔いしれることへの代償を、覚悟しているかのように。人は流れるのか、流されるのか。或いは流れて続けてゆくものなのか。

 もう1つは「生まれる」。死産の物語である。分娩台に横たわる主人公の思いが、複雑に揺れながら描かれている。視線は足の行き場にはじまり、自分の上にかがみ込む人々の表情を読み、うねる怒りを感じている。少し前までは賞賛していた人々の変化を、抗いながらも不思議なくらい冷静に見つめている。意識という意識が目のようになって、場面という場面を鋭いまなざしで切り取ってゆく。周囲への怒り、自分への怒り、或いは胎児への怒りか。生へ向かっているのか、死へ向かっているのか。境界が曖昧になればなるほど、平静な目の存在が明らかになってゆくよう。この凄まじい苦痛というものの正体に、私はひどく怯えながらも、淡いぬくみを思ってしまった。

4877990380ガラスの鐘の下で―アナイス・ニン作品集
Anais Nin 中田 耕治
響文社 2005-11-15

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コメント

彼女の小説はとても魅力的で刺激的で不思議な感じでとても好きです。この小説集は知らなかったのでさっそく明日にでも探してみますね。ありがと♪ちなみに、ボクもmixiやっています。よかったらこの名前で検索してみてくださいな。ではでは。

投稿: ひからびた胎児 | 2006.08.23 03:02

コメントありがとうございます!
アナイス・ニンの作品、本当に刺激的ですよね。
この本は特別に大好きで、アナイスの原点を感じます。
装丁もとにかく素敵なんです。紫という色が何とも合う!
抱きしめて眠りたくなるほど愛おしいです。

mixiにいらっしゃったんですか!!!
早速検索したいと思います。

投稿: ましろ(ひからびた胎児さんへ) | 2006.08.23 08:56

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