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2006.04.24

雪屋のロッスさん

20050830_44179 世の中は、人の営みによって支えられている。さまざまな人たちとそのいろいろな営み。それらはひとりひとりそれぞれだからこそ、世界を成り立たせているのだろう。いしいしんじ著『雪屋のロッスさん』(メディアファクトリー)を読み終えてから、わたしはずっとそんなことを頭の中で思いめぐらせていた。30もの短くて奇妙でじんと胸をあたたかにも悲しくもする物語は、どれもこれもがやわらかに紡がれている。人々は皆、自分の営みに自信と誇りを持ち、ひたむきに向き合って生きている。営みを超えた生き様のようなものを、読み手にはらりと見せてくれているのだ。そして、わたしを省みるように促すようでもある。

 営み。きっとそれは、厳密な意味での仕事でなくてもいい。思いをそそぐことができるもの、身を委ねることができるもの、ゆずれないもの。例えばそんなものでもいいのだと思う。例えばわたしは、活字を追う。活字を自分の中に張りめぐらす。めぐらせた言葉を自分なりに消化する。あれこれと消化した思考を連ねてみる。最後に、確かなものとして残す。ここまでの流れだって、たぶん営みに違いないのだ。たったひとつでもいい。できることがある。できることをする。精一杯やる。それが人としての営みなのではないか。わたしは、そう思うのだ。人というのは欲ばりな生き物だから、今以上の何か。もっともっと、を求めずにはいられないのだけれど。そういうわたしもまた、まぎれもなく相当な欲ばりである。

 ここからは、印象深かった物語について。まずは「調律師のるみ子さん」。ある事故により、2つの指をなくしてしまったるみ子さんは、ある程度の時期がきたら調律の依頼が再びくるように、ほんのわずかだけチューニングを外しておくのを常としていた。けれど、それを見抜いているかのごとく、るみ子さんを指摘する老人と出会うのだ。そこで老人がいう“あなたは本当のところ、ピアノのことが、あまりお好きでないようですね”と。その言葉は、不思議なくらいにわたしの記憶を疼かせた。記憶の中のわたしは、知らぬまに絶望していた。なにもかもに対して。自分自身にまでも。誰彼かまわず。そしてやめたのだ。わたしの営みを。あらゆる営みを。るみ子さんがそうだとは言わない。けれどね。なんとなくね。

 もうひとつは、「象使いのアミタラさん」。象から生まれたと言われるほどに、象のことを知りつくしているように思われているアミタラさん。アミタラさんは言う“わたしにわかっていることがあるとすれば、象と人間がどれほどかけはなれているかという、その距離感でしょうか。それは決して埋まるものではありません。が、わたしの場合、仕事にはいるとその距離を多少縮めることはできます”と。象を象として見ているその姿勢は、謙虚な思いと絶妙な寄り添い方を感じさせる。わかったつもりになりがちな人という存在に、安住しない営みは、わかろうとする、わかりたいと思う、そういう気持ちを呼び起こすようでもある。営みそのものは尊敬されなくてもいい。ただし謙虚であれ。そうわたしは思うのだ。

4840114935雪屋のロッスさん (ダ・ヴィンチブックス)
いしい しんじ
メディアファクトリー 2006-02

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コメント

『雪屋のロッスさん』は、アイディアの豊富さと各職業のユニークさに感心させられました。特に「青いポリバケツ」が印象的でしたね。全体的に本書は、職人に対する暖かい眼差しが良かったです。

投稿: T | 2006.04.24 20:16

Tさん、コメントありがとうございます!
ほんと、どの物語もユニークであたたかでしたよね。
青木青兵さんもよかったです~。ぼやきというか、本音というか、じわじわ余韻となってふふっときております。

投稿: ましろ(Tさんへ) | 2006.04.25 16:14

ましろさん、こんにちは!
私も昨日読み終えました。
眠る前に読み終えたのですが、この本のおかげで
いつもよりもすぅ~と心地良く眠りにつけたように思います。
それぞれの営みは何気ない日常であったり、悲しいものであったり…それぞて全てが愛おしく感じました。
ましろさんの感想を拝見していたら、るみ子さんもアミタラさんも素敵だったなー、とまた改めて感じています。「かぎ」も印象深かったです。

TBさせてくださいね。

投稿: リサ | 2006.05.06 11:20

リサさん、コメント&TBありがとうございます!
心地よく眠りにつける本って、思えばなかなかないですよね。
こういうひとつひとつがいとおしくなるような物語は、
日常の中にいつも置いておきたい気がします。
もう一度読んでみたら、好みの物語も変わるかもしれないですね。

投稿: ましろ(リサさんへ) | 2006.05.06 17:17

初めまして.
ワタシも『雪屋のロッスさん』を読みました.
「なぞタクシーのヤリ・ヘンムレン」で
目んたま三個,足八本.ふわふわの尾が二本,なあんだ?
というなぞがあって,
これの答えが(子猫をくわえた気の荒い母猫)となっているのですが,
足と尾はわかるとしてなぜ目んたまが三個???
おわかりになりますか?
答えが知りたくて,
読まれた方のブログを巡っています.

投稿: Ginkgo | 2006.06.04 13:27

Ginkgoさん、コメントありがとうございます!

そのなぞなぞはかなり難しいですね…
読みつつなんとなくイメージしたのは、
気の荒い母猫ということだから、
きっと子猫をくわえるときに、がぶりと奥深くまでくわえたのかな…
なんて思っていたのですが。
ゆえに、子猫の目が1つ母猫の口の中なのでは?

以前、猫を飼っていた際に、母猫があまりに強くくわえすぎて、
生まれたばかりの子猫が死んでしまったことがあるんです。
そういう光景が、脳裏にしっかり刻まれてしまったのかもしれないですね。

投稿: ましろ(Ginkgoさんへ) | 2006.06.04 19:55

ご回答ありがとうございました.
そういう可能性も確かにありますよね(^_^)
いろいろ楽しませてくれる本です.

投稿: Ginkgo | 2006.06.07 13:26

再びいらしてくださったんですね。
他の方々がどんな答えをしたのか気になるところですが、
正解はきっと無限ですね。ムツカシイ…です。

投稿: ましろ(Ginkgoさんへ) | 2006.06.09 16:47

ましろさん、こんにちわ。
ここに出てくる人も物も、ほんとみんな仕事にも生きることにもひたむきでした。そんなところが、胸にじんと響くのかもしれません。
ましろさんの「調律師のるみ子さん」の感想を読んで今頃ハッとしました。アミタラさんの話は好きだなぁと思っていたのですが、こちらはどうやらツボの部分を、読み流してたみたいで、るみ子さんの深い部分に気づいてませんでした。やはりこれはガツガツ読んではダメですね・・。

そして3つの目ですが、猫のことは、やはりましろさんがおっしゃると真実味があります!
私は気の荒い母猫だから、けんかか何かで片目がつぶれてしまったのだと、思い込んでました。目からうろこでした。

投稿: june | 2006.06.16 14:29

juneさん、コメント&TBありがとうございます!
そうですね。ほんとうに誰もがひたむきで響きますよね。
「調律師のるみ子さん」についてはもう、
自分の過去と重なる部分があまりにも多かったもので、
身勝手な寄り添い方をしてしまって。お恥ずかしいデス。

3つの目。ムツカシイですよね。
juneさんの回答にも頷けます。
片目のつぶれた猫はきっと、子猫を守るべくして、
そんな姿になってしまったのかもしれない…なんて。
無限に広がりますね。なぞはなぞのままがいいのでしょうか。

投稿: ましろ(juneさんへ) | 2006.06.16 22:56

お久しぶりです!TBさせて頂きました。
いつもながらの素敵な文章、惚れ惚れしてしまいます。

「象使いのアミタラさん」、たしかに象を象として見ているその姿勢が素敵ですよね♪

なぞなぞの3つの目が話題になっているようなので、思ったことを。
母猫が子猫の首の上の部分をくわえていて、横を向いているから3つの目なのかななんて、なんとなく思って読んでました。

投稿: 大葉 もみじ | 2006.09.13 11:08

お久しぶりです!コメント&TBありがとうございます。
お褒めくださって、嬉しい限りです!

なぞなぞの答え、それもアリですね。うんうん。
うん、大正解かもしれませんよ!!!!!
子猫をくわえていれば自然と横から見たときには、
どちらかの目が隠れますね。素晴らしいデス★

でもそれだと“気の荒い”というのが必要なくなってしまう…
嗚呼、いつまでもモヤモヤです。
やっぱり、謎のままなのでしょうか。

投稿: ましろ(大葉もみじさんへ) | 2006.09.13 21:36

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