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2006.04.15

フィンガーボウルの話のつづき

20050413_014 ゆうるりとゆるやかに流れる時間は、たまらなくいとおしい。いま、そっと過ぎゆく時間も、数秒後にはいとおしさを覚えるようなものになるかもしれない。もしかしたら、を確かにするのは、他でもない私。まぎれもなく、私だ。そんなことを思わせる物語が、吉田篤弘著『フィンガーボウルの話のつづき』(新潮社)である。16もの短い物語をつなぐのは、ビートルズのホワイトアルバム。その際立つ佇まい、そそがれる思い入れ、謎めく通し番号など、人を惹きつけ魅了し、何かを掻き立てる不思議なキーアイテムとして登場するのだ。実物を見たことのない私は、精いっぱい想像めぐらすしかないのだけれど。なんとなく神々しい雰囲気がするのは、間違いだろうか。

 どこからも遠い、世界の果てにあるような小さな食堂を舞台にした話を書きあぐねている<私>。物語はどうやら、そこを訪れる人々に纏わるもののよう。共通するのはビートルズのホワイトアルバムきりで、交じり合うとも結びつくとも思えぬ物語が並ぶ。読み手の解釈によっては、つながりを感じられずに「はて?」とも思うかもしれない。けれどよくよく考えてみたら、食堂に集まっている人々というのは全員が全員知り合いであるはずもなく、偶然に居合わせただけにすぎない。つながるようでつながらない。関わるようで関わらない。それがごくごく自然ということなのだろう。思い至って、納得してみた私。でも、解釈はいろいろでいいとも思う。

 中でも面白く読んだのは、「その静かな声」。ささやかな電波で気まぐれに放送する声に引き寄せられた<わたし>が、旅の途中に声の主に会いに行く物語である。自分の耳に馴染む声というものに出会えた<わたし>に、ほんのりと嫉妬心を抱きつつ読んだ。そして、私がかつてそういう声と出会っていたことを思い出した。それはそれはささやかな電波で、私は遠く離れた場所の周波数を、ある日ふとキャッチしたのだった。あれは確か15のときで、心地よく耳を疼かせる声の主に恋とよく似た思いを抱いていたっけ…ひどく懐かしく、かけがえのない日々。忘れていた記憶を物語によって思い出すのは、なんだか妙に照れくさい。嬉々としながらも恥ずかしい。

 もうひとつ印象深かった話は、「白鯨詩人」というもの。ありとあらゆるものの余白に、言葉を書きつける男の話である。彼が何も意識せずに反射的に書いてた時間と、表現の先にあるものを考え始めた時間の違いに、翳る思いを見た気がした。無意識のうちはいい。衝動のままに書き続けられるうちはいいのだ。誰かがそれを読み物としたとき、誰かがそれを求めたとき、もう言葉は別のものへと変わり果てるのだろう。そこにはもう、何かに囚われた言葉があって、書き手を離れて力を持つ。いい意味でも。悪い意味でも。書き散らせるうちは幸せということか。そんな結論にたどりついて、自分の言葉を省みたくなった。もう少し。もっともっと、と。

4101324514フィンガーボウルの話のつづき (新潮文庫 よ 29-1)
吉田 篤弘
新潮社 2007-07

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コメント

こんにちは。
「フィンガーボウルの話のつづき」、トラックバックさせてもらいました。つたない記事ですが、お許しください・・・

「キリントン先生」もいいお話ですよね。
こんなステキな音楽が本当にあるのなら、ぜひ聞いてみたいと思ってしまいました。

あと、あまり物語に絡んでこないのに、すべてに文学を感じてしまう男、十文字氏がけっこう好きです。今日も町に出て、文学を感じたいと思います(笑)

投稿: shore | 2006.04.23 10:49

shoreさん、コメント&TBありがとうございます!
どれもいいお話でしたよね。キリントン先生も。十文字氏のキャラクターも。
思い出して、くくくっと小さく笑ってしまいます。
町に出て文学を感じるって、素敵ですよね。
はなももとか見つつ、思いをめぐらせたら、実に風流です。
shoreさんは何に文学を思うのでしょう。興味津々です。

投稿: ましろ(shoreさんへ) | 2006.04.23 15:10

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» 【本】『フィンガーボウルの話のつづき』吉田篤弘 [ぶろぐのなぎさ]
これは一種の、終わらない物語である。 [続きを読む]

受信: 2006.04.23 10:37

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