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2006.04.22

トリツカレ男

20050421_028 誰かが誰かをまるごとすべて思うこと。つまりは愛ということ。わたしはそれをあまりにも知らないから、思わず辞書を引いてしまった。“愛”というものについて。そうして、そこには驚愕の言葉が並んでいた。似ているようで異なるもの。つまりは恋ということが。わたしの手元にある辞書が間違っているのか。わたし自体の言語感覚がおかしいのか。ますます“愛”がわからなくなる。だからわたしは、いしいしんじ著『トリツカレ男』(新潮文庫)の世界に学ぼうとした。もちろん“愛”というものを。まぎれもなく“愛”というものを。なにかに取り憑かれること。それは“愛”というものに、限りなく近いもののように思えてならなかったから。

 「トリツカレ男」と呼ばれるジュゼッペは、なにかに取り憑かれると、他のことへの興味がなくなってしまう。その取り憑かれ方は、陳情でない。あるときはオペラ。あるときは三段跳び。探偵ごっこや昆虫採集、潮干狩り、つなわたり、腹筋、サングラスにはまったこともある。なにもかも犠牲にしてまでも、とことんまで取り憑かれて、とことんまでどっぷりとはまる。ジュゼッペは、そういう男なのである。ある秋、トリツカレ男のジュゼッペは、風船売りの女の子、ペチカと出会う。そして、ものの見事にペチカに取り憑かれてしまうのだ。ジュゼッペはペチカの灰色のにごりを発見し、それを取り除いて本当の笑顔を見たいと思う。ささやかなにごりから、大きなにごりまで。

 ジュゼッペの思いは、どこまでも犠牲的である。1つのことしか見えなくなる様子は、どう考えてみても盲目的であり、わたしたちが陥りやすい事柄を意識せずにはいられなくなる。たとえば恋。たとえば愛というものを。恋にある初期衝動を超えているという点では、ジュゼッペの思いは愛になるのだろう。愛していることに気づかずに愛を与えている点では、愛を超えているのだろう。閉ざされた人のこころを動かす程の力があるのは、ありがちな愛の押しつけを排除しているからなのかもしれないゆえ。惜しみなく与え、そっと寄り添う。1つのものへの思いが、いくつもの思いになるのは、こういう謙虚さと、こういうさりげなさと、こういう素質を備えた者ならでは、なのだろう。

 この物語を読み終えてもなお、わたしにはまだまだ“愛”というものがわからない。それでも、ほんの少しは物語に寄り添うことで学べた気持ちになっている。きっと、意識してこころに満たすものではないのだ。気がついたら溢れている。そういうものなのだと思う。溢れさせるためには、夢中にならねばならない。寄り添いたい人。寄り添ってくれる人。そういう人に夢中になるのだ。でも、闇雲な愛ではない。脇目もふらぬ、恋でもない。なんというか、不思議で奇妙な感覚なのだ。ジュゼッペを見て。ペチカの表情を見て。ああいう感じ。そういう感じ。読んだ人ならわかるだろうか。わたしたちにもきっとある。似たような、それぞれの特別なものが。

4101069239トリツカレ男 (新潮文庫)
いしい しんじ
新潮社 2006-03

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コメント

こんにちは。
これもおもしろそう!!
でも、先日の岩阪恵子さんの本を予約しちゃったから、これは、その次にまわさないと・・・。
あまりに素敵な本が多すぎて、困ってしまいます(笑)
追伸:私も猫ちゃん大好き!猫ちゃんの写真が、このブログにおじゃまする楽しみの一つです。それにしても、美人さん(?)ぞろいですね。

投稿: こもも | 2006.04.23 07:26

こももさん、コメントありがとうございます!
岩阪恵子さんの作品、予約されたんですか~!!!
なんだかとっても嬉しい気持ちになっております。
これもよいんですよ。すっごく。短くてやわらかなぽっと灯る物語です。

愛猫たちは飼い主に似ず、すごく美形です。(笑)
結構カメラを意識してくれて、憎いくらいにいとしいです。
楽しみにしてくださってありがとうデス。

投稿: ましろ(こももさんへ) | 2006.04.23 15:04

TBとコメントありがとうございました。
こちらからもTBさせてもらったんですが、何度もエラーが出てしまって、挙げ句2つも3つもTB付けてしまいました。
なんかスパムみたいになってしまって申し訳ないです。
お手数ですが削除お願いします。
それはそうと、ましろさんこそ、とても丁寧な文章を書かれますね。
しっかり自分の中で消化してから記事を書かれている、という印象でした。
勢いだけで毎回書いているオレからすれば、こういう文章は羨ましい限りです。
これからも読ませていただきます。
ということで、リンクもさせていただきました。

投稿: rocket | 2006.05.10 00:08

roketさん、いらしてくださって嬉しいです!
コメント&TBありがとうございます。
いろいろ不具合がありまして、ごめんなさい。
ココログはどうも、サクサクいかないことが多いんです。

いやいや独りよがりな拙い文章で…。
勢いだけで書けちゃってるなんて、
それこそ羨ましいじゃないですか。
またゆっくり読ませていただきますね。
リンクもありがとうデス!

投稿: ましろ(roketさんへ) | 2006.05.10 19:10

こんにちは。TBありがとうございました。あ、こちらでもrocketさんが・・
rocketさんも書かれててぱくりみたいですけど、ましろさんの丁寧な感想で、改めてトリツカレ男の魅力を発見した気がします。愛すらも越えているジュゼッペかあ。私も愛とかよくわからないですけど、ジュゼッペみたいにいられたらいいですね。本人大変そうですけど、それでも。

投稿: ざれこ | 2006.06.11 11:58

ざれこさん、コメント&TBありがとうございます。
ぱくり(笑)そんなそんな。嬉しい言葉をどうもです!
ジュゼッペは大変ですよね、うんうんきっと。
わたしはきっと、愛に飢えているんでしょうね…
愛すら手に入らないのに、“愛”以上を求めるだだっ子みたい。
お恥ずかしいかぎりです。

投稿: ましろ(ざれこさんへ) | 2006.06.11 12:58

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トリツカレ男/いしいしんじ いしいしんじ、という作家はただ者ではない。 と思ったのは、かの町田康との対談集を読んでからだった。 それまでは、片山恭一とかその辺と十把一絡げ、ぐらいにしか捉えてなかったのだけれど、あの対談集を読んでから、いしいしんじ、という作家に対する見方を変えた。 そしてこの「トリツカレ男」という本が、いしいしんじの小説初体験になったわけだが、どうもこの〈いしいしんじ〉という名前は打ちにくくて、気を抜くと〈しいいしんじ〉になったり〈いしししんじ〉になってたり、たまに上手く... [続きを読む]

受信: 2006.05.09 23:53

» 「トリツカレ男」いしいしんじ [本を読む女。改訂版]
トリツカレ男発売元: 新潮社価格: ¥ 380発売日: 2006/03売上ランキング: 60768posted with Socialtunes at 2006/06/06 今月まだ6日なんですが、もう7冊も本を読みました。 どうしたんだろう、私。いつもここまでハイペースじゃないのに。 もう、本にトリツカレてるとしか思えません。 ま、私はずっとずっと本だけにトリツカレてるからいいんだけど、 (大学時代は音楽にトリツカレてた。今はたまにプレステに。まあそれはともかく) ここに出てく... [続きを読む]

受信: 2006.06.11 11:56

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