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2006.03.08

わがタイプライターの物語

20050307_035 静物が動き出す。その穏やかなる沈黙を破って。命ある生き物のように疼き始めた存在感はにょきにょきと育ち、使い手や見つめる目に身を任せ、ずんずんと寄り添ってくる。ポール・オースター著、サム・メッサー絵、柴田元幸訳『わがタイプライターの物語』(新潮社)に描かれるオースターのタイプライターは、そんな感じだ。今となっては、過去の遺物のようになってしまったタイプライター。この作品では、それが主役である。デジタルに誰もが移行する中、頑固に意志を貫いて著者はタイプライターで原稿を書く。“いまのいままでなんの不満もないのに、どうして変えなくちゃいけない?”と。同じ過去も未来をも共有するタイプライターとの出会い、それに魅せられた友人であるサム・メッサーの話が、この作品には紡がれている。

 相思相愛。私には正直、この関係性における感情の絡みつきがわからない。なぜってそれは、私がそんな絡みつき方をしたことがないからだ。一方的な感情では成り立たない、絡みつき。この作品には、それがありありと描かれているように思う。恋い焦がれて、焦がれすぎて実る絡みつきは、オースターのタイプライターとサム・メッサーのことだ。そして、それを頬杖ついて“ほうほうふむふむ”と眺めるオースターの姿も思わせる。あのね、いくらキミの絡みつきが報われても、やっぱり持ち主はわたしなのです…なんていうセリフまでも、思いめぐらせるくらいに。そんなセリフはないのだけれど、作品に漂う雰囲気がそう言っている気がするのだ。私には、とても。

 芸術家、サム・メッサーの思いは絵によって複雑な彩りの変化を見せる。多くは、真正面から描かれたタイプライターの絵だ。サム・メッサーの真っ直ぐな思いがそうさせたのか、タイプライターが“あたしを書くなら正面でお願いするわ”という雰囲気を伝えてきたのか、私にはわかり得ないことだけれど。それなのに、タイプライターは表情を見せる。冒頭に書いたように動き出す。その穏やかなる沈黙を破って。命ある生き物のように疼き始めた強い存在感を放って。にょきにょきと育ったタイプライターは、サムのまなざしに身を任せ、ずんずんと寄り添ってくる。サム・メッサーは思いに答えるように描く。その粗くも美しいタッチと色づかいで。ときにはデフォルメされて、ときには繊細に。

 サム・メッサーの絵には、オースターを描いたものもある。中でも、親指と人差し指でオッケーサインをしているオースターがいい。太くて節くれ立ったごつごつした手の先には、もちろんタイプライターがあって、“わたしのオリンピアは、とてもいい”と言っているようだ。オースターの口元は僅かに上向きで、笑っているのだとわかる。心地よい手触り、滑らかな動き、頑丈で頼もしくて、叩かぬ限りしんと黙っていてくれる。パソコンのように、間違ったボタンが押されるべくしてあるわけではない、タイプライター。この作品を読み終えてみると、それがひどく魅惑的な代物に思えてくる。パソコンにはパソコンの良さや便利さがあるけれど、失ってしまった何かというものも、秘めているに違いない。そう思わせる1冊である。

4105217100わがタイプライターの物語
柴田 元幸
新潮社 2005-01-28

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コメント

早速コメントをいただき、ありがとうございました。

表紙を開いた瞬間から、サム・メッサーの絵に釘付けでした。(オースターの文もちゃんと?読みましたが。)どうしてもメッサーの絵を他にも見たくて、ウェブを探して見ましたが、この本からの抜粋しか見つかりませんでした。(でも名前のリンクに入れておきます。)
オースターとメッサーとオリンピア・タイプライターの三角関係が味のある本を作ったという感じですね(^^)

また、魅力的な本を紹介していただけるのを楽しみにしています。

投稿: sayano | 2006.12.24 12:32

sayanoさん、コメントありがとうござます!
TBはうまく反映できず、遅れませんでした…。
またトライしてみようと思います。

サム・メッサーのあの迫力は凄いですよね!
まさに、生きているタイプライターのよう!!!
サム・メッサーは日本ではあまりメジャーではないのでしょうか。
あんなに素敵な画を描く方なのに…。
と、言いつつ、この本を読むまで知らなかったわたしです(笑)
こちらこそ、今後もどうぞ宜しくお願い致します。

投稿: ましろ(sayanoさんへ) | 2006.12.24 17:33

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