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2006.03.22

カモメに飛ぶことを教えた猫

20050721_109 同類と共に暮らし、接するのは容易い。異なる者を排除するのではなく、認め合い共に生きることは、それ以上に困難だ。私たちが求めるのは、気の合った仲間だとか趣味趣向が似通った同士だとかであることが多くて、異なる主義主張や文化、人種というものを乞うことであることは少ない。ルイス・セプルベダ著、河野万里子訳『カモメに飛ぶことを教えた猫』(白水Uブックス、白水社)は、そんなことを気づかせてくれる物語である。人間の犯した過ちゆえに瀕死の状態に陥ったカモメの3つの願いを守るために、猫のゾルバは仲間たちと共に奮闘する。港の猫の名誉をかけて、展開されるユーモアあふれるさまざまな試みには、読み進めながら何度もはっとさせられる。

 世の中に対する強い好奇心から、母猫や兄弟たちと離れ、一人の信頼できる少年と出会った黒猫のゾルバ。5年もの友情を確かにしていたゾルバは、夏休みの2ヶ月間少年といられないことに満足げでもあった。エサとトイレは、少年の家族の友人が世話してくれるのだから。そんなゾルバのバルコニーでのまどろみをうち破ったのは、瀕死の1羽のカモメ。黒い死の波に襲われて、やっとの思いで辿り着いた先がゾルバのいるバルコニーだったのだ。カモメが願ったのは、これから産む卵を食べないこと。ひなが産まれるまで、その卵のめんどうをみること。ひなに飛ぶことを教えてやること。黒い死、それは海の呪いである原油。ゾルバは、カモメを助けるすべを求めて仲間のもとへ向かう。

 ゾルバの仲間というのは、なんとも個性的。年齢不詳の不思議な助言能力のある、大佐。それを絶妙にフォローする、秘書。さまざまな知識を備え百科事典を読みこなす、博士。彼らは、一匹の猫の問題をすべての猫の問題として全力を注ぐのだ。大佐と言っても、博士と言っても、それはあまりにまどろっこしく危なっかしいのだが、最高の善意から最悪な事態を引き起こすような人間よりも、はるかに人情味あふれているように感じられる。物語で展開される不幸は、人間がもたらしたもの。それでも彼らは、自分の信じる人間という存在を心得ているし、どんな人間が寄り添って力になってくれるかを見極めることもできる。猫としての守るべき掟というものを破ってまでも。

 物語を読みながら、猫という生き物の存在が高貴に思えてくる。猫は知っているのだ。人間が自分と異なるものが自分を理解したり、互いに理解し合おうとしたりすることを素直に受け入れられないと。だからこそ、守り心得ている掟があるのだ。そして、読み手である私は学ぶ。自分と異なるものに心を寄せること、同類の中に慣れすぎてはいけないこと、他者を受け入れる心の余裕を残しておくべきことを。そういうことを軽視して、寄り添ったつもりにならないことを。ゾルバや仲間たち、彼らの信じた一人が見上げるハンブルクの夜空。そこを自由に舞う1羽のカモメの姿を思って、心の底から願い、全力で挑戦する大切さを忘れずに刻みたくなるのだった。

4560071519カモメに飛ぶことを教えた猫 (白水Uブックス)
河野 万里子
白水社 2005-11-15

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