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2006.03.25

ぼく おかあさんのこと…

20040920_097 “キライ。”という言葉にいとしさを覚えたのは、はじめてのことかも知れない。せいいっぱいの不機嫌さを感じる<ぼく>が腕組みしている姿がなんとも可愛らしい、酒井駒子さんの文・絵による『ぼく おかあさんのこと…』(文溪堂)は、そんな思いを抱かせる作品。小さなウサギである<ぼく>の気持ちが、じんじんずんずん伝わってくるのだ。そして、キュンと心が締めつけられる。あぁ、いとしい。あぁ、せつない。あぁ、もどかしい。あぁ、かわいい。わたしたちが幼い頃に、全身で感情を表現していたことを思い出させるような物語なのだ。“うれしい”も“キライ。”も、なにもかもすべてを、そうやって純粋に揺らして、ときにはひねくれて痛めていた小さな頃。あぁ、いとしい。たまらなく、いとおしい。

 小さなウサギの<ぼく>の視線から描かれる物語は、母親をなかなか厳しく評価している。<ぼく>が挙げている母親への“キライ。”は、かなりポイントをついてくるのだ。そうそう、そうなの。あるよね、こういうの。うちもそうなの…と思うようなことばかり。そして、小さな頃に男の子が母親に一度は思い描く、もしくは思い描いて欲しい願いもチラリと出てくるのだ。どれもこれも些細なこと。でも、かつて必死に懸命に思っていたこと。無邪気にもひそやかに、じっと抱えていたこと。大人と呼ばれる年齢になってみると、そういう類のものはとても少ないから、失われてゆくから、さびしくなる。ひどくさびしいと思う。だからこそ、物語が響くのかも知れないけれど。

 酒井駒子さんの文章はもちろん、絵は文句なく可愛らしい。たまらなく可愛い。中でも、この作品のウサギは耳に表情があって、そこに注目して読み返してみると、<ぼく>の感情の揺れる動き方がわかるような気がしてくる。ぴんと張ったとき、内側によっているとき、左側に傾いているとき、クタッとなっているとき、片方の耳だけが折れているとき。ウサギの耳は、口ほどにものを言う。そんな雰囲気が漂う。<ぼく>の言葉と、耳と、しぐさと、そのありとあらゆるすべてを合わせて、いとおしいと思うのだ。母親の表情が後半になるまで見えないからこそ、そこに注目してしまうのだろう。描き方、見せ方がいいのだなぁ。素晴らしいのだなぁ。そして、わたしは好きなのだなぁ。

 それから、<ぼく>の母親のことを少し。なかなか痛いところを<ぼく>に語られてしまっているけれど、心憎いくらいに素敵でもある。<ぼく>の言葉に、どきっとしている。はっとしている。もしかしたら、これまでのいろいろをさまざまに、めぐらせているのかもしれない。そんな表情を見せてくれるのだ。なのに、やはり大人であるから、<ぼく>に対しての余裕を感じさせてもいる。それが、これまでの日々の積み重ねなのか、血のつながりというものなのか、母というものなのか、わたしには計り知れない部分ではあるのだけれど、親子という関係のあたたかさを見せられ、魅せられた気がしてならない。あからさまにはもう、口にすることのなくなった“キライ。”が、いとしい言葉に変わる瞬間がここにあるように思う。

4894232618ぼく おかあさんのこと…
酒井 駒子
文溪堂 2000-05

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コメント

ましろさん。この絵本、手にとってみたいです。「ぼく」がどんなふうにママをキライで好きなのか、知りたいです。

投稿: ビンゴ | 2006.03.27 21:23

ビンゴさん、コメントありがとうございます。
記事を読んでそんな気持ちになってくださって、感激です!とっても嬉しい気持ちになりました。

投稿: ましろ(ビンゴさんへ) | 2006.03.28 17:03

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