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2006.03.12

オヤジ国憲法でいこう!

20051209_44033 中学生が“おっ、オヤジって結構カッコイイじゃん”と思えるかどうか、私には判断できぬことだけれど、迷える大人にとって、しりあがり寿+祖父江慎・著『オヤジ国憲法でいこう!』(理論社)に書かれているオヤジ国憲法というものは、なかなか世の中をやわらかにしてくれる。生きづらいなんて当たり前。そうじゃない方がむしろおかしいのだよ、と思わせてくれるのだ。この本を手に取ったのは、ほんの少しばかりの気まぐれだったのに、その面白さには笑みがこぼれる。素晴らしい名言が書かれているのにもかかわらず、そこにある絵には、実に頼りなさそうなオヤジが鼻に指を突っ込んでいる。名言、台無し。さらにページをめくれば、鼻水がたらりとたれているし、日の丸のうちわで踊っていたりもする。信用してもよいものか。でも、オヤジの言葉に納得せずにはいられない。

 この本では、思春期を意識しはじめた中学生がメイン。オヤジはそれを“ヤング”と呼んでいる。ヤ、ヤングですか…読み始めたばかりの頃には、思わずそんな言葉をもらしてしまうが、読み終える頃にはなぜか違和感がなくなっている。きっと、私以外の読み手もそうなるはずだ。大人でもなければ、まるっきり子どもでもない微妙な年代の子どもたちに向けられる言葉は、いかにもオヤジであるのだけれど、深刻に死までも意識してしまうくらいに悩んでしまう時期の救いや助けに、少なからずなるだろうと思える。オヤジは、若さゆえの悩みを、ヤングを、世界的宇宙的なルールを従えて“ダメじゃん”と言い放つのだ。そして、読み手の私たちは思い知る。若さは無敵じゃなかったんだ、と。周囲に期待されていないオヤジの方が、自由を手にしていたんだ、と。

 ここからは、オヤジ国憲法の中の興味深い部分について書いてゆく。第2条にある「友達ハ大切ナモノニアラズ」である。オヤジの言葉によれば、友達とは馴染めないのが当たり前らしい。特に、学校時代の友達に関しては、そもそもの成り立ちが不自然なのだとか。それは、ただ集められているだけ、だからである。同じ趣味があるわけでもなく、何かを協力するためでもなく、集められた者達に“心を許す”方がどうかしている、と。そんな中で、人間関係を構築することは、相当なアクロバットな技が必要ではないか、と言うのだ。そして、友達に関する呪いをかけている大人達の言葉にも触れる。“入学したら、お友達が増えましたね”とか“テレビの前にいるお友達も、体操をしましょう”とか。こんなところにも刷り込みが…今の今まで気づかなかったなんて、恐ろしいことだ。

 第1条には「個性ハ必要ナシ」、第3条には「恋愛ハロクナモノデナシ」、第4条には「真理ヤ理想ハ幻想ナリ」とあるのだが、もうひとつ第5条の「ヤングノ敵ハ隣室ニアリ」について触れて終える。この隣室にいる敵というのは、親のこと。思春期に親を嫌いになるのは、宇宙の法則らしい。そして、“お父さんは家族を守れません”とまで言うのだ。学校側から見た父親という存在。床の間的な実情。家族というものが、解散してしまう可能性があることまで書く。あらゆるものが様々にカタチを変えてゆく世の中には、永遠なものなどないこと。そういう事実は、ショックなコトながらも、今ある一瞬一瞬をいとおしいと思わせる。私たちが、今ここにいるという瞬間も、オヤジは祝福してくれているのだ。私はそう信じたい。あぁ、オヤジって結構カッコイイじゃん。そう思いたい。

4652078137オヤジ国憲法でいこう! (よりみちパン!セ)
しりあがり 寿
理論社 2005-08

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