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2006.03.13

バスジャック

20050509_55046 体中の何かが少しだけ震えて、ある中枢が云う。もう、いっぱいだよ、と。これは、満腹を意味する。そして、誰かが決めた標準的な世界に属さない私は、どこか不可思議な日常を描く、三崎亜記・著『バスジャック』(集英社)を読んで、ほんのりと安堵する。自分の今いる場所が、それほど危うくないことに。物語が、ありふれた日常から遠ければ遠いほど、私は自分がそんな状態に陥ることをよく知っている。理解できない。受け入れられない。予想や期待と違う…そういう類の思いなど、自分というフィルターごと物語に浸りきってしまえば、私の場合は少しも邪魔にはならないのだ。読んだばかりの物語に影響されるがまま身を任せることは、なんとも心地よいものである。今ある私なんぞ、いつまでも続くはずがない。だから、楽しむ。今を堪能する。

 この作品には、7つの物語が収録されている。1つの町に共存する旧来からの住人と、移り住んだ新住人。先住民の課す威圧的な奇妙なルールの下で物語が進む「二階扉をつけてください」。街を見下ろす丘の上から、自分の家の灯りが見せる光景を眺める「しあわせな光」。恋人との僅かなすれ違いが、しだいに広がり増えゆく「二人の記憶」。バスジャックがブームとなった社会で、さまざまな規制や権利、役割が渦巻いてもたらす瞬間を描いた「バスジャック」。雨の降る夜に、男の部屋に本を借りに来る見知らぬ女を描いた「雨降る夜に」。動物のいる空間をプロデュースする、特殊な能力を持つ女性を中心に描かれた「動物園」。若草荘という場所に、人形やマネキンを思わせるソレと寄り添うように暮らす人々の姿を、小学生の目線で描く「送りの夏」。7つの物語の作風はさまざまだ。

 中でも、表題作「バスジャック」の細やかな物語設定が目を引く。1つのブームを支配する者、ブームを作り上げるマニュアル、それを利用して企む者、楽しみを見出す者など、それぞれの立場と思いを読みとれる展開である。“バスジャック”という過激さを持たなくても、よくよく周囲を見渡してみると、何気ない似た色をしたものが世の中には蔓延っていると言えなくもない。そもそもブームのはじまりというものは、誰かが作りだしたもの。それを受け入れるも受け入れないも、自分の身の振り方によるものではないのか。ブームの体系化、理想、義務。それを乱す人間の欲求なるものに、ほんの少し心を落ち着かせてしまう私がいてもおかしなことではない。愚かにも、つい自分を正当化しつつ、物語に浸ってしまう。

 そして、作品の中で最も長かった「送りの夏」。いわゆる現実社会というものから離れて暮らす人々の姿は、どことなく私自身の暮らしと重なって見える。認められぬものを抱えて、喪失を埋めるがごとく寄り添う。それが同じ“死”というものではなくても、誰かが決めた標準的な世界に属さないことは、物語に描かれた世界とよく似ているように思えるのだ。例えば、時間の流れ。景色の移り変わり。少数の、同じ人間同士のみのコミュニケーション。その穏やかさ。静けさ。ぬくみ。なんとも心地よいそれらが、退屈だと思うこともなく続いてゆくのは、“慣れ”だけではない。きっと、多くを望まず、求めなくなるのも。目の前にある現実から目をそらすことは簡単だが、一歩踏み出すことは難しい。けれど、そんな思いも虚しくなるくらいに、私の日常は続く。続けようと意識せずとも。

4087747867バスジャック
三崎 亜記
集英社 2005-11-26

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コメント

バスジャックの書評かっこいいです。

たくさん読んでいらっしゃるようなので、たまに寄らせてもらいたいと思います。

竹蔵

投稿: 竹蔵 | 2006.05.24 22:39

竹蔵さん、コメントありがとうございます!

“かっこいい”だなんて…ウレシイです。
ぜひ、またいらしてください。
わたしも竹蔵さんのところにお邪魔させていただきますね。
ではでは。

投稿: ましろ(竹蔵さんへ) | 2006.05.25 17:46

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