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2006.03.11

文盲 アゴタ・クリストフ自伝

20051010_44011 抑圧される思いを秘めた文章。それは、ひどく重く読み手にのしかかる。ときに息苦しい痛みを帯びて。けれど、嫌ではない。むしろ、これは心地よいくらいの抑圧である。自分という人間をわきまえているゆえの、重み。せざるを得ないこと、すべきこと、可能なこと、それらを最大限に生かすこと。頭ではわかっていても、なかなかできぬそういうことを、この人は実践している。自分に課している。アゴタ・クリストフ著、堀茂樹訳『文盲 アゴタ・クリストフ自伝』(白水社)を読み終えた私は、そんな思いを抱いた。魅惑的な佇まいをした赤い本は、その文章のごとくどことなく激しさを秘め、静かな深みを持ってじんと伝えてくる。ベストセラーとなった『悪童日記』3部作や『昨日』、戯曲集など以降、創作が発表される気配がないのが寂しい。

 この本は「ことの初め」という章からはじまる。4歳だった著者の置かれていた状況を知る部分だ。戦争の中にも、貧しさの中にも、手当たりしだいに読むものを見つけ、後ろめたさを感じながらも、ひたすらに読む姿を照らし出す。周囲が“本を読む”ということをいい意味合いで捉えていないことにも、思わず生活の苦を読み取ってしまいそうになる。家族と離れての寄宿舎での生活に見出したものは、確かになんらかのかたちで著者の糧となっているとしても、どことなく悲しい色をした日々に感じられる。悲しいどころか、真っ暗闇のように。それでも、幼き日々のことを書きつつ、今現在の著者自身のことを散りばめているところが心憎い。書くことをしなくても、満ち満ちているんだと。

 「記憶」「国外亡命者たち」「砂漠」には、生きるために亡命する人々が描かれる。彼らが、著者がなぜそうするのか。そうせざるを得ない理由。そして、亡命に対する世間の批判めいた思いが。なんとなくわかったつもりになっていた私にとって、両方の立場になってみて新たな気づきを見せる著者の思いが、衝撃的だった。もちろん、読み手の私以上に著者自身にとって、そのことはショッキングに違いない。人がとっさに思うこと。ふと、わいてくるそれは、あまりに無責任なことなのか。自分の国を離れていなかったら、今のような暮らしはない。貧しくても、幸せであったかも知れない…そう書きながら、確かなものを手繰り寄せて、“どこにいようと、どんな言語でであろうと、わたしはものを書いただろう”という著者の言葉が強く残る。

 タイトルになっている「文盲」。これには、惹きつけられる。難民としての移住や歴史的背景のいたずらにより、意識として深く根づいている思い。書くことを挑戦として選んだ著者は、苦しみながら努めている。自分の欲求や何かを満たすために学ぶのではなく、生きる上で必要にかられて学ぶこと。そんな状況は苦しみ以外の何ものでもないように思えてしまう。しかも、ただの外国語ではない。著者にとっては敵語である。そして、じわじわと母語を殺しゆくそれを用いて、作品を書く。“わたしは自分にできる最高をめざして書いていくつもりだ”そんな文章を連ね、“ひとりの文盲の挑戦なのだ”と締めくくる「文盲」は、著者という人間の生きる姿勢を美しいと思わせる。怠惰な性分の私だって、著者のように倦むことなしに辞書を引こうという気にさせる。“倦む”って、“飽きる”という意味なんだ…なんていうふうに。

4560027420文盲 アゴタ・クリストフ自伝
堀 茂樹
白水社 2006-02-15

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