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2006.03.23

女湯のできごと

20050721_44128 エッセイを読んで毎回思うこと。それは、“他人の思考はおもしろい”ということ。なにげない日常生活という営みは、それぞれの“わたし”という主観で成り立っているゆえに。失礼な、そんな自己中心的な人間じゃないわ…なんて思っている人にだって、多かれ少なかれ自分を基準にした物差しがあるはず。益田ミリ著『女湯のできごと』(知恵の森文庫)をめくってみれば、そんな自分の物差しを感じずにはいられないのだ。普段、なんの意識もなしにやっている行動が、それに伴う思考が、自分以外の他人にとって奇妙であったり驚きだったりするのだ。女湯という限られた空間で著者が見たもの、気づいたこと、感じたこと、学んだことが、ユーモアある文章とあたたかなイラストで綴られている。愉快です。笑えます。頷けます。そんな1冊。

 “女湯”という文字だけで、男湯しか知らぬ方は興味をそそるかも知れない。女湯しか知らぬわたしが抱く思いのように。著者は、男湯と女湯を自由に行き来していた子どもの頃と、気恥ずかしくなって身体のしくみの違いを意識し始めた頃の様子を、鮮明に描いている。微妙な年頃の少女が感じる男湯と女湯の異なる雰囲気、鋭く視線を向ける場所、もの、人。さまざまな戸惑いの中に佇む少女に聞こえる、人々の声。豊かな感性を思わせる、銭湯が生活に必要な場所として育った、著者ならではの展開。家に浴室があることが当たり前で、銭湯という名が似合わない町営の温泉しか知らぬわたしの思い描くものとは、決定的な何かが違うのだろうなぁ…と思いつつ楽しむことに。

 このエッセイがおもしろいのは、やはり著者の人柄ゆえのもの。大物とは言い難い器が、なんとも人間っぽいのだ。些細なことにこだわるし、気にするし、消極的。銭湯でマナーのなっていない人を見ても注意などできずに、ささやかな手段にとどまっている。そういう自分に対しても、謙虚さゆえに恥じてみたり虚しくなったりするのだ。そして、思う。“気にする人のほうが損をしているんじゃないかなぁ”と。きちんとしているゆえにイヤなことへの基準が低いのでは、と。それと同時に、自分自身が思うほど、自分がきちんとしているわけではないことにも気づくのだ。スペシャルマナーの人はいくらでもいる、と。こういう思考の転換は見習うべきものだと思う。

 他にも、子ども時代のさまざまな微笑ましいエピソードと共に、新たな気づきも見出している。小さな頃の敏感さゆえの悩みや、大変さを。大人になることで鈍感になってゆくことに、ほんの少し救いを感じていることを。今となっては笑えることに対しての、繊細な子ども心というものに、読みながら切なさと苦しさを思い出す。銭湯で隠す隠さない云々というのも、どの位置の何番目のロッカーやシャワーを選ぶというのも、小人と中人と大人の券の境界というのも、身体を洗うのはナイロンタオルかやわらかなタオルかというのも、銭湯で交わされる大人の挨拶というのも、お婆さんのしわしわの裸に対する怖さというのも、ちょっとした人生の縮図のように思えてくる。銭湯通いが羨ましくなるほどに。

4334784097女湯のできごと (知恵の森文庫)
益田 ミリ
光文社 2006-03-07

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コメント

久しぶりに遊びに来ました。

今回は『女湯のできごと』か・・・。表紙のデザインを変えれば、十分、男性向け雑誌になり得る名前だな。

まあ、そんなことはいい。

>エッセイを読んで毎回思うこと。それは、“他人の思考はおもしろい”ということ。
エッセイに限らず、小説などを好んで読む人は、そういう傾向があるのでしょう。
僕のような冷血動物は、「何を考えているのか」よりも「なぜそう考えているのか」のほうに関心を持ちます。その「なぜ」が曖昧だったり、説得力に欠けるものには面白さは感じませんね。

>“女湯”という文字だけで、男湯しか知らぬ方は興味をそそるかも知れない
まあ、若い頃はね。今はまったく興味がわかなくなった。やっぱり僕も年をとったよ(-_-;)

>銭湯という名が似合わない町営の温泉しか知らぬわたしの思い描くものとは・・・
僕の住んでいるところもそうだよ。銭湯はどんどん潰れていって、今は一つだけ。他は全部温泉です。温泉のほうが体にはいいでしょう。

>銭湯通いが羨ましくなるほどに
ずいぶん銭湯の良さを宣伝するじゃないか。まさか日本銭湯組合(←ナニ?)の回し者じゃないだろうね?(・∀・)ニヤニヤ

投稿: デミアン | 2006.03.23 20:45

デミアンさん、コメントありがとうございます!

やっぱりデミアンさんは、論理的な文章の方がよいのカナ…?
私は甘ちゃんだから、曖昧な思考が心地よいのでしょうか。
向上心や情報を求める熱がなかなかわかないので、
新書はちくまプリマーばっかりになりつつあります。

益田ミリさんのエッセイはとびきりオモシロイから、
ベタ褒めしちゃったのかもしれません。
銭湯の人情みたいなものに、思うつぼのごとくに流されちゃいました。
でも、行きたいのに“ない”んですよね…近くにはもう。
完全なる消滅の前に、行ってみたいと思ってます。

投稿: ましろ(デミアンさんへ) | 2006.03.24 23:26

>やっぱりデミアンさんは、論理的な文章の方がよいのカナ…?
僕がどうこうという以前に、男女の差というものがあるのではないでしょうか?
日常的な会話でも、男同士の話なら、「A→B」で「B→C」で・・・という感じで一つ一つ確認しながら進む傾向があります。
一方、女性の場合ですと、話があっちに飛んだり、こっちに飛んだりで、話を聞かされている男は疲れてしまいます(-_-;)
どっちがいいとか悪いとかという問題ではないですけどね。

>行きたいのに“ない”んですよね
いやー。僕は銭湯だろうが温泉だろうが、人がたくさんいる場所には行きたくないですね。特に衛生面をどこまでしっかりやっているのかわからないでしょ?お風呂からあがった時の、足拭きタオルなんて、水虫の人が平気で拭いているはずだよ。
神経質な人間には、大衆浴場は適してないかも知れませんね。

投稿: デミアン | 2006.03.25 09:40

男性と女性とでは、深く根差す違いがあるのかもしれませんね。
ふわふわゆらゆらな会話も、なかなかよいですよ。
でも、確かに疲れると私も思います。核心がなかなかつかめなくて。
私は極端に無口なので、例外かなぁ。

水虫…そんな怖いこと言わないでくださいよ~!
イヤですねぇ、もう。デミアンさんたらっ。
気にしちゃいますよ。気になっちゃいますよ。
あっ、自宅の方が危険度は高いかもしれませぬ。こわいこわいこわい…

投稿: ましろ(デミアンさんへ) | 2006.03.25 17:49

おかげさまで楽しい本を読むことが出来ました。ありがとう。

投稿: saheizi-inokori | 2006.04.12 21:17

saheizi-inokoriさん、コメント&TBありがとうございます!
気に入ってくださったみたいで、嬉しくなりました。

投稿: ましろ(saheizi-inokoriさんへ) | 2006.04.12 22:05

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