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2006.02.08

追憶の夏 水面にて

200502077_014 青春を侮るなかれ。たかが青春。されど青春。そんな言葉を抱かせる、青春モノに終わらない物語、H・M・ヴァン・デン・ブリンク著、金原瑞人訳『追憶の夏 水面にて』(扶桑社)。第二次世界大戦前のオランダを舞台にしたこの物語は、水のきらめきとボート競技に魅せられた少年の思いを、シンプルに、かつ丁寧に描いている。運河に囲まれた街にある貧富の差、自分がよそ者であるという認識、今ある自分の能力、ありたい自分の姿、あるべき自分のすべて。少年が見たもの、感じたもの。そして、得たもの。短い物語の中に展開されるそれらの事柄に、しばし目を奪われ、私自身を見失いそうになる。私の目は少年の目になり、私はいつのまにか少年になる。なったつもりになる。そういう感覚に陥る物語なのだ。

 少年は自覚している。周囲から見た自分を。弱さを。立場を。どこが劣っているかを。自分を卑下するのとは、違う種類の。父を見て、母を見て、自分の周囲を見渡して、気づいている。しっかりと見ている。自分という人物を。そして、真摯に足掻いている。その足掻きは、少年が足を踏み入れたボートクラブに、ドイツ人のコーチがやってきたことで、少しずつ変化してゆく。少年は、ボート競技の優秀な選手であるダーヴィットと、パートナーを組むことになるのだ。対照的に見えた2人の少年は、水の上で過ごす厳しくもかけがえのない時間の中で、深く結びつき、互いを確かに見つめてゆく。何かを語り合うわけではない。交わす言葉は僅かである。けれど、互いを見れば自分が見える。そういう関係になってゆくのだ。

 少年は耐える。日々の訓練にも、自分の身の置き場にも。レースで勝とうが、練習が休みだろうが、ボートクラブの華やぐ場には身を置かない。内向的だからではない。パートナーであるダーヴィットにべったりなわけでもない。ダーヴィットはむしろ、華やぎの中にいる。多くの者と言葉を交わす。でも、少年は違うのだ。かといって、それをひどく羨むわけでもない。遠巻きに眺めて、自分と同じような、のけ者的な立場にあるドイツ人コーチの姿を見ているのだ。そこに横たわる少年の思いというものは、私の知り得ない感情であるに違いない。貧富の差だけにはおさまらないもの、習慣でも伝統でもおさまることのない根本的な違い、同じ場所にいながらも、別世界の異なる時間に生きているようなものなのかも知れない。

 ある日、ふと気づく。少年は自分が逞しくなっていることに。ダーヴィットと共にできることだけが、大事であるということに。過ぎゆく月日は、少年を幾重にも成長させている。その過程には、もちろん複雑な心情も読みとれる。身体からダイレクトに伝わってくるもの。そこから感じる思い。水面を一心に進むボート競技には、躍動感が満ち溢れている。息を呑むほどの緊迫感も、一瞬にして湧き上がる絶望もある。水面の流れや色が変わりゆくように、いや、それ以上に人の心は移ろいやすいものであるから。けれど、少年は確かに何かを掴んだのだろう。もしかしたら、読み手である私だって、何かを掴んだのかも知れない。それを自ら認識しているかどうか。違うのは、そこだけなのかも知れない。そして、手遅れにならないうちに気づけるかどうか、なのだろう。

4594050603追憶の夏 水面にて
H.M.van den Brink 金原 瑞人
扶桑社 2005-12

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コメント

こんにちは。突然スミマセン。レビューを読んでなんだか学生時代を思い出しました。読んでみたくなりました。

冒険モノは読まれないのですか?例えば、エルゾーグの「処女峰アンナプルナ」はオススメですョ。8000メートル峰に挑むフランス隊のチーム愛と困難への挑戦が描かれていて感動しました。
勝手なコメントでごめんない。

投稿: にゃンコロフ | 2006.02.10 16:38

はじめまして。にゃんコロフさん、コメントありがとうございます!
“読んでみたい”という気持ちになってくださって、嬉しいです。とっても。

冒険モノは、未知な領域です。
思わず検索して、いろいろ調べちゃいました。
元山岳部のうちの兄が好きそうな作品ですね。
「人はなぜ山に向かうか」という根本的な部分に関心があるので、
機会がありましたら読んでみようと思います!

投稿: ましろ(にゃんコロフさんへ) | 2006.02.10 23:23

ご無沙汰しています。

以前にお話しした『追憶の夏 水面にて』のレビューを書いてみました。私自身にとっては、かなり強く印象に残った作品だったのですが、佐吉は、いざレビューを書こうとすると、思い入れの強い作品ほどどうにも上手くまとまらなくて…。そんなわけで、いずれまた手を加えることもあるかもしれませんが、ひとまずTBさせていただきます。

それではまた。

投稿: 佐吉 | 2006.04.30 23:48

佐吉さん、コメント&TBありがとうございます。
書かれたんですねー!早速、読ませていただきます。

わたしにとったら、なかなか普段は手に取らない苦手ジャンル。
そういう作品を読むことができたのは、佐吉さんのおかげです。
また、素敵な作品をぜひ教えてくださいませ。

投稿: ましろ(佐吉さんへ) | 2006.05.01 05:28

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ボート競技をモチーフに、スポーツにかける若者の姿をみずみずしく描いた青春小説。しかし、いわゆるスポーツ小説やジュブナイルというのとは違う。これは、短いながら本格的な文芸作品である。物語は、あくまで主人公アントンの視線で語られる。紙幅のかなりの部分がボート..... [続きを読む]

受信: 2006.04.30 23:48

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