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2006.02.18

本谷有希子文学大全集 江利子と絶対

20051212_059 “文学大全集”という文字に惹きつけられた。この若さで。この厚みで。狙いなのか、大真面目なのか。タイトルと大げさな帯に引けを取らない、絶妙な、けれど過剰な、そんな悪意とユーモアに満ちた世界が描かれている、本谷有希子・著『江利子と絶対 本谷有希子文学大全集』(講談社)。久しぶりに出会った、小説を小説として素直に“おもしろい”と感じられた作品である。ひきこもりの妹の、自己中心的な生活と心情を姉の視線で描く「江利子と絶対」。ある男へのとてつもない執着ゆえに、衝動的な感情をぶつけるイカレた女・アキ子と、あまりにも気の毒な人生を歩んできた多田の愛を描く「生垣の女」。問題児の少年に振り回されている手下の少年らが、奇妙な屋敷に迷い込むホラー「暗狩」を収録。

 表題作「江利子と絶対」。“エリ、これから前向きに生きてくから”。ひきこもりの妹を母に託された姉は、ふいにそんな言葉を妹の口から聞く。電車事故のニュースがきっかけであるその言葉に、どう前向きになるのかを問うてみれば、具体的に何かを始めるわけでもなく、“ハンデを背負いながらポジティブ。なんか新しいでしょ”なんていうことを言う妹。でも、姉は今までにないくらい目を輝かせている妹をそれでもよしとする。そして、ある日唯一の役目であるゴミ捨てから戻ってきた妹は、1匹の子犬を拾ってくる。その名も“ゼッタイ”。絶対にエリの見方、という意味を込めて“ゼッタイ”。前向きに世の中と人々を見捨てている妹ならではの、いい名だと思う。名付けられたゼッタイの運命は、かなり悲惨であるが。

 その後の妹の論理と言動は、あまりにも身勝手なものであるが、それを安易に笑い飛ばすことはできない。耐えても可笑しくて、にやけてしまうのだけれど。それは、妹のエリの中では、めちゃくちゃな論理が見事に成り立っているからである。私の中で私の論理が成り立っているのと同じように。そんなことを言い始めたら、犯罪者の論理も認めてしまうのか、なんて意見も出てきてしまうが、論理には切実さの限度があるということでまとめたい。エリの思考は切実なのだ。言葉を向ける相手が違っていても、その論理と結びつける対象が違っていても。世間で常識とされていること、黙認されていること、そういう部分を“間違っている”と言える切実さがあるのだ。たとえ、その切実さが“正しい”と言えなくとも伝わってくる。

 続いては「生垣の女」。これは、さらに笑えてしまう作品。生垣の小さなスペースに身をひそめて男を待ち伏せする女・アキ子。それを偶然にも目に留めてしまったゆえに、穏やかな日常を奪われる男・多田。猫の菊正宗と暮らす多田は、その不幸で悲劇的な人生の中に初めての快楽を見出す。あまりにも可哀想なのだけれど、ここまでくるともう…ふふ。悲しみに負けるな、多田。虚しさはいつの日か埋まるかも知れぬ。ふふ。そして「暗狩」。始終立ち込める緊迫感と恐怖に圧倒される作品である。3人の少年たちの変わりゆく関係、複雑に揺れ動く感情が、丁寧に描写されている。迷い込む屋敷の奇妙さに潜む恐ろしい秘密は、心をひどく掻き乱す。そして、強く読み手を引き込むホラー。もしかしたら私たちの生への欲求は、物語の中に見出せるかもしれない。

4062119277江利子と絶対―本谷有希子文学大全集
本谷 有希子
講談社 2003-10

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52 本谷有希子の本」カテゴリの記事

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コメント

ましろさん、こんばんは。
そうか、これが一作目なんですね…また目の離せない作家さんが出てきた!という感じです。
作品中の登場人物があまりにアレで、これは笑ってしまっていいんだろうか…とひそかに悩んだりもしていたのですが、ましろさんも笑われてたのでほっとしました(笑)。
これから本谷作品を少しずつ読み進めていきたいと思います。
おすすめしてくださってありがとうございました!

投稿: まみみ | 2006.10.30 21:37

まみみさん、コメント&TBありがとうございます。
ホント目の離せない作家さんですよね。全作読み続けねばなりません!
わたしも笑っちゃうんですよ。ときどきは、ですが(笑)
笑っちゃいけないと思いつつも、ふふっとか、くくくっとか。
真面目にレビュー書きつつも、本当は不真面目だったりそうじゃなかったり…。
他の作品にもそういうツボがどうも見受けられるので、
本谷さんならではのユーモアなのでは…なんて思っています。

投稿: ましろ(まみみさんへ) | 2006.10.30 21:44

ましろさん、こんばんは!
読みました!しっかり堪能しました。
すごいですよねぇ。これデビュー作ですものね。
もう「生垣の女」なんて爆笑ものでした。
潔く容赦なく書けてしまう本谷さん、ますます惚れ込んでいます。
TB、またまたダメそうなのですがまた時間置いて試してみますね。

話しは違いますが、猫ちゃんの写真…写っている本は古川さんの
「アビシニアン」ですよね。
ハードカバーの表紙とっても可愛い猫ちゃんで、手元に欲しいなぁ
と思いながら文庫買っちゃいました。
ましろさんの猫ちゃん、とっても可愛い♪

投稿: リサ | 2006.11.03 00:18

リサさん、コメントありがとうございます。
TBも待ってます(笑)どうも不具合続きですみません!
堪能しましたかぁ…ふふふ。いいですよね、この容赦のない痛さは。
もうはやく次の作品が読みたくて、うずうずしているわたしです。

そうなんです!古川さんの「アビシニアン」デス★
悲しいかな、実は図書館本だったり…
写真が撮りたいがために、ムリヤリ置いてみました(笑)
今ではすっかり老猫でして、なかなか撮らせてくれませぬ。
老猫でも可愛いんですけれども、ね。はい。

投稿: ましろ(リサさんへ) | 2006.11.03 17:32

こんにちは♪確か初めて『江利子と絶対』を目にしたのはましろさんとこだったんじゃ…と思い、来て見ました。やっぱり初めてはここだ!(笑)

それぞれすごい登場人物ばかりでしたが、『江利子と絶対』のエリちゃんが好きです。ぶっ飛んでるけど、正しさを感じる感覚みたいなものは確かなんじゃないかと思いました。エリちゃんの気持ちは、研ぎ澄まされて綺麗過ぎるのかもしれませんね。

投稿: ゆら | 2006.11.08 15:45

ゆらさん、コメントありがとうございます!
初めてはここでしたか…嬉しいですー★
偶然手にして、それからは、もうものすごくはまってしまいました(笑)
そうですね。エリちゃんは確かにぶっとんでいるけれども、純粋。
彼女なりの論理が成り立っていますよね。
ここまでくると、もう頷くしかないですけれど、惹かれます。
なんだかとっても。

投稿: ましろ(ゆらさんへ) | 2006.11.08 21:02

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受信: 2006.10.30 21:34

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