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2006.02.09

生まれる森

20050711_054 日常はさまざまな人やもの、出来事に満ちている。けれど、その中で自分自身と関わりある事柄だけをつまみ出してみれば、ごくごく僅かであることを思い知らされる。空や海はどこまでも広がっているのに、私はあまりにもちっぽけである。目の前にある光景ですら、手の届かないことが多いのだ。世の中にはそういうことが溢れていて、それを不思議であるとか、理不尽であるとか、そんな感情を抱くことすら愚かしいことなのかもしれない。島本理生・著『生まれる森』(講談社)に対して私が思ったのは、こんなことである。物語は、私の思いとは裏腹に、さらっとした心地よい文体で紡がれている。ささっと流れて漂って、するりとかわして何かを残す佇まいをしている。

 物語の主人公は大学生である。いい子のままではいられなくなった、微妙な年頃の。そう、たぶん主人公はいい子できたんじゃないだろうか。これまでずっと。長い間。例えばこうだ。そこそこ誰かを好きになって、そこそこ悪いとされることもして、でも門限はきちんと守るし勉強もする。家族との仲もいい。特別いいとかではないのだけれど、決して悪くはない。そんな感じの。主人公が、誰との間の子供なのかわからぬまま“妊娠した”と告げようとも、ふしだらだとか、だらしがないとか思うことなく読んでしまうのは、きっと彼女自身の生きてきた時間が、そこそこ切実であったせいだからだろう。もちろん、彼女の切実さと私の切実さは違うのであるが。

 主人公は長い夏休みの間だけ、実家に帰ってしまう予定の友人に部屋を借りる。家族内での気まずい空気から逃れるため、という名目で。少しずつ自分自身に馴染んでゆく部屋の雰囲気を感じながら。一人でいる。ここに私がいる。そう強く意識しながら。主人公が唯一妊娠のことを話したのは、高校時代のクラスメイトであるキクちゃんで、あっけらかんと深刻なことも猥雑なことも話すのがおもしろい。キクちゃんの兄である雪生さんは、それとは対照的な雰囲気ながら、どことなく血のつながりを感じさせる。主人公は、心から求めた人、或いは求めていたつもりになっていた人への思いを抱え続けたまま、新たな一歩を踏み出すかどうかで、迷っている。差し出される手に戸惑いつつ。

 その迷いはきっと、彼女以外には無関係なものだ。寄り添いたいと思う人だけが、関わるべきもの。そういうもの。突き放すように、私はそう思ってしまったのだ。人は皆、自分自身のことにばかりにかまけ、無責任に身勝手な言葉を投げてしまう。そうやって寄り添ったつもりになって、自分で自分に満足する。愚かにも。けれど、物語で彼女に言葉を放つ登場人物は皆、彼女に寄り添おうとしている。そして彼女もまた、相手に寄り添おうとしているのだ。大切に選び抜かれた心ある言葉には、人を救う力がある。出会ったすべてのひとにそう接するのは無理な話だけれど、ちっぽけな私のすぐそばにいるただ一人のあの人くらいには、心を込めて寄り添うべきなのかもしれない。

4062756277生まれる森 (講談社文庫 し 75-3)
島本 理生
講談社 2007-05-15

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コメント

ましろさん、お久しぶりです。

この本の心地よさは一体どこからくるんだろう・・ってずっと思っていたけれど、
ましろさんの記事を読んで「なるほど~」って思いました。

ラストで身を乗り出すシーンがすごく光り輝いて見えて、好きな小説です。

投稿: Kazuma | 2006.02.10 20:51

Kazumaさん、お久しぶり。コメントありがとうございます!

実は結構、島本さんの作品には挫折してます。
何度目かの挑戦を、最近しているのです(笑)
だから、魅力を十分に伝えられているかが不安だったりして。
“なるほど~”っていう言葉に、ちょっとほっとしました。

ラスト、確かにいい雰囲気でした。
そこに輝きを感じることのできる、Kazumaさんの感性も!

投稿: ましろ(Kazumaさんへ) | 2006.02.10 23:32

ましろさん、こんばんは☆

僕も『ナラタージュ』に挫折して、再チャレンジを目論見中なんです。

僕にはこの本の魅力が十分伝わりましたよ。
「そう、”寄り添う”だ!」って目から鱗でしたから(^^

あと、僕の特異(?)な感性をお褒めいただいて恐縮です(^^;
希望に満ち満ちたシーンはとても好きなんです。

お互い、もっともっと素敵な本に出会って素敵なひとときを過ごせるといいですね♪

投稿: Kazuma | 2006.02.12 22:40

Kazumaさん、再びコメントありがとうございます!
『ナラタージュ』は、私も挫折本です(笑)
もしかしたら全作品1度は絶対に挫折していたりして…
でもここ最近になって『リトル・バイ・リトル』『生まれる森』と読めているということは、
きっと、手に取った時期が悪かったんでしょうね。
読み手としての心持ち、余裕みたいなモノが足りなかった、という。

素敵な本に、素敵な時間。過ごしたいですね。
再チャレンジの『ナラタージュ』は、それをもたらしてくれるでしょうか。

投稿: ましろ(Kazumaさんへ) | 2006.02.13 16:00

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