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2006.02.28

目覚めよと人魚は歌う

20050228_008 落ちるところまで落ちないとダメな人、というのがいる。ギリギリまで追い込まれないとダメな人、というのもいる。そして、そういう状況に自分を置かなければダメな人、というのがいる。私は、間違いなくこれらをすべて満たす者で、それゆえに、壊れた愛の記憶に取り憑かれている女性と、日系ペルー人の宿命に追い込まれている男性を描いた、星野智幸・著『目覚めよと人魚は歌う』(新潮文庫、新潮社)にひどく心を奪われた。記憶が幻想的に蘇り、現実との境界を曖昧にするのが、なんとも心地よく、私の中に刻まれたいくつもの記憶の断片をも疼かせた。痛みを覚えるほどの疼きは、紛れもなく私を奥底に追い込むような類のもので、答えのない問いを繰り返し響かせた。物語に追い込まれているのか、自分自身に追い込まれているのか、奇妙な感覚が駆けめぐっていったように思う。

 物語は、日常からかけ離れたような、逃避にはもってこいの場所で展開する。世の中の流れからも、人々の喧騒からも、ぽつりと取り残されたような場所。この世の果てか。それとも、この世の中心か、はじまりか。ススキ野原と赤砂漠に囲まれた家は、そんな光景を思わせる。そこで暮らすのは、そんな地の墓守の丸越(まるこし)と、丸越を頼って生きる屍と化して暮らす糖子(とうこ)。そして、糖子の息子である蜜生(みつお)。そこに加わるのは、ある事件から身を隠すために、友人のネット仲間を通じて辿り着く、日系ペルー人のヒヨ(ヒヨヒト、日曜人)とその恋人のあなだ。糖子とヒヨの内的世界を中心に描かれる物語は、微妙で絶妙な関わりを見せながら読み手をぐいぐい引き込んでゆく。

 描かれる魅力的な部分は、深刻でありながらもなかなか現実味帯びてこない内的世界と、非現実的なのにもかかわらず生活臭を放つ外的世界の対比。このあべこべさが面白い。具体的に言えば、登場人物たちの会話がいいのだ。嫌味たっぷりに刺々しいかと思えば、性的な意味合いを含んだ誘いに変わり、やわらかかと思えば、突き放したような他人行儀になる。特に、糖子の口調が印象的で、彼女の内面に疼いている感情が大きく揺れ動いているのを伝えてくる。そして、それを確実に感じ取っている繊細な心の動きを見せるヒヨ。彼女を無き者として佇む息子の蜜生の存在も際立つ。楽観的に振る舞いながらも、親しみをわかせる照れと格好悪さを持つ、丸越とか。さりげなく“あなるちゃん”と呼ばれてしまう、あなとか。

 読み終えてから疼く思いはいろいろあれど、一番の驚きは、物語に描かれていたのがたったの3日間だけだったということ。閉鎖的な場所で、奇妙な疑似家族が存在したのがそれほどまでに短かったのが意外だった。それは、ここからここまでが1日目ですよ、みたいに明確でないゆえ。人と人とがあまりにも親密に関わり合っていたように思えたゆえ。そして、私が短い物語を何日もかけて楽しんだゆえなのだろう。ある人によれば濃密。ある人によれば窮屈。私には濃密で心地よい窮屈。過去と今と、これから先にある何もかも。すべての後悔と反省とエゴを根こそぎに。確かに消えない痕跡を残す物語は、しばらく余韻となって疼くに違いない。もっともっと、星野智幸の作品を読まなければならなくなってしまった。

4101164517目覚めよと人魚は歌う (新潮文庫)
星野 智幸
新潮社 2004-10

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コメント

やばい、これも読みたい。でも、「ビミョー」すらまだ買えてもいないしなあ。気分は小説かなあ。

投稿: ゆうぴん | 2006.02.28 22:46

“読みたい”と思ってもらえて、よかったです。
「ビミョー」は2時間くらいで読めるものだし、コレもかなり薄い本ですよ。ちなみに借り物ナリ(笑)

投稿: ましろ(ゆうぴんさんへ) | 2006.02.28 23:42

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