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2006.01.30

リトル・バイ・リトル

20050815_127 シンプルな清らかさにくらくらした。ほんの少しでも目をそらしたら、衝動にかられて別の場所へ視線を向けたら、陥ってしまいそうな闇がすぐ傍にあるのに。もう半ば陥っているかもしれないのに。島本理生・著『リトル・バイ・リトル』(講談社文庫、講談社)に対して、私はそんな思いを抱いた。瑞々しさを感じるさらりとした文体は、するりと心に染み込んでくる。あぁ今、入ってきた。あぁもう、出ていってしまった。そんなほんのり奇妙な感覚と、読み終えるまでの間ずっと一緒にいた気がした。いつまでもじわじわと余韻を残すものもいいけれど、こういうさらっとした心地もなかなかいいものだと思う。

 母親と父親の違う妹と暮らす主人公は、経済的な事情から大学進学を先延ばしにしてアルバイトをしている。特定の人との関わりを避けるように選ぶ職種と、実の父親へのトラウマ的とも言える複雑な感情、血のつながりのない父親との気まずいやり取り。主人公の日常は、ある男の子との出会いなどをきっかけに、少しずつ変化を見せ始める。それはあまりにささやかで密やかなものかもしれないし、緩やか過ぎて見落としてしまうほどのものかもしれない。読み手の私にもあるような、ありふれた日常である。特別何かが起こるわけではないそういう時間は、ひどく単調ながらとてつもなくいとおしい。物語に素直に身を任せながら、そう思うのだ。

 物語には、主人公の空虚感を示す部分があちこちにある。中でも、義父と家族とで食事に出かける場面が印象的だ。記憶の中にある諍いが夢か幻かに思えるほど、今主人公の目の前には平和な家族の光景が広がっている。けれど、記憶の中の義父がいない日中だけの静けさは、一切の音を失って使われなくなって放置された船のようだと、主人公は思うのだ。海に出なければ船は船じゃない。家族でなくなったら家の意味がない。ばらばらになった思い出に対して主人公が抱く思いは、和やかな食事の席でも複雑な翳りを落としてゆく。向けられる言葉は、あまりにも他人事であるし。それを当然のことだと受け入れているのが、何とも痛いが親しみを覚える部分でもある。

 物語がさらっと清々しい理由をあれこれ考えているうちに、著者のあとがきの言葉が胸に染み入ってくる。“明るい小説にしようと…”という言葉である。この小説はどんな小説であるかを説明するとしたら、「あぁ、これは明るい小説だよ」なんていう一言では済ませられない。言い尽くせない。けれど、明るいというには充分な希望や光りが満ちている。満ち過ぎている、とも言えるほどに。著者の人柄なのか、漂う品のある清らかさ。控えめな明るさが、溢れているのである。それを感じることのできる、受け入れることのできる、それを大事にしたいと思うことのできる、そういうひとりの読者。そして、ひとりの人間でありたいと強く思ったのだった。

4062752956リトル・バイ・リトル (講談社文庫)
島本 理生
講談社 2006-01

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コメント

>シンプルな清らかさにくらくらした。

ましろさん、こんにちは!
ましろさんのこの言葉を読んだ途端に、読んだ時のイメージが蘇りました。ほんとそうですよね。決して明るいとは言えない状況なのに、回りでは、闇がほんのすぐ近くまで迫ってきてるのに、彼女たちの周囲だけふんわりと明るくて。描きようによってはとても痛々しい作品になってしまいそうなところを、ほわっと柔らかく読ませてくれて、素敵な作品だなあって思います。

投稿: 四季 | 2006.01.31 05:28

ましろさん、こんにちは♪
私もついこの間読みました。
傍から見れば明るい環境や状況でなくても
描き方によってこうも温かくふんわり感じるものですよね。
妙に気に入ってしまって読み終えた後もそっと手にして
読み返したりしています。

投稿: リサ | 2006.01.31 09:30

四季さん、コメント&TBありがとうございます!
蘇りましたか。よかったです。そして、嬉しいです。
彼女たちの周囲に漂うふんわりとした明るさ、なんともよいですよね。読み手をもそんな心地に引き込むタッチが、とても気に入りました。
まだ2冊しか読んでいないので、他の作品にも手を伸ばしてみたいと思います!

投稿: ましろ(四季さんへ) | 2006.01.31 14:43

リサさん、コメント&TBありがとうございます!
おっ、読まれたんだぁ…と密やかに思っておりました(笑)
読み終えた後もそっと手にしたい気持ち、わかるような気がします。
図書館本で読んだのを後悔しつつ、返却日までパラパラめくっていようと思います。
文庫買おうかしら…。

投稿: ましろ(リサさんへ) | 2006.01.31 14:51

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