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2006.01.21

ある秘密

20051010_043 誰もが多かれ少なかれ抱えているもの。きつく胸に押しとどめているもの。それも、ひどく悲しみに満ちた息苦しい類の。フィリップ・グランベール著、野崎歓訳『ある秘密』(新潮クレスト・ブックス)には、そういうものが鮮明に描かれている。はじまりは幻想的に。中盤からは抑圧的ながらロマンティックに。後半は複雑に絡み合う内情を含んで。過去というものは、なぜこんなにも重くのしかかるものなのか。語られるべきもの。語られるべきでないもの。2種の過去はどちらも同じ秘密となり得る。そして、ときとして秘密は誰かを傷つける。大切な人を。かけがえのない人を。失ってしまった人を。戻れない過去と消えることのない過去、向き合わねばならない過去。そういうものに人はなぜこんなにも囚われしまうのか。

 物語の語り手は一人っ子で病弱な少年である。鍛え上げられた身体を持つ両親が、少年に向ける視線。そこに少年は、落胆の色を見つけてしまう。両親の輝かしい健康。それと見事なコントラストを示す、自分の憎らしい身体。少年は、想像上の完璧な兄を自分の中におき、毎日の悲しみや恐怖、涙を分かち合う存在を埋めていった。そして、ある日ふいに屋根裏部屋で、確かに兄がいたという痕跡を見つける。困惑した両親の顔。そこには、少年が生まれる前の夥しい数の秘密が隠されていたのだった。少年は、想像上の兄を作り上げたのと同じように、両親が洩らした言葉、断片的な話、数枚の写真を手がかりにして、理想の家族の物語を紡ぎ始める。

 物語に横たわるのは、1950年代のパリ。ナチスによる弾圧と虐殺の時代である。その時代の生き証人である少年の良き理解者の女性は、少年の両親に纏わる秘密を明かし、少年はその話を元にして物語を作る。その姿は、この作品の著者であるフィリップ・グランベールという人自身を思わせてゆく。物語には、少年の感情は全くと言ってよいほど描かれていない。両親の過去と兄がいたという事実。それを切実に受け入れようとする思いが、物語を展開させているようである。読み手の中にするりと入ってくる真実の物語は、人々の抱える闇と痛みと複雑に揺れる思いを強く深く何かを貫くように、いつまでも疼くような余韻を残してゆく。

 その余韻が何とも心憎いのは、最後のエピローグの部分である。少年は大人となり、娘がいる。そして様々な人々や動物(犬)の眠る墓地に足を踏み入れるのだ。墓石に刻まれる文字を1つ1つ見てゆきながら、今は亡き人・動物の存在していた年月を感じてゆく。ひどく短い命。それを思うとき、かつて存在していた兄のことを思うのである。時代がもたらした悲劇。けれど、もし悲劇が起きなければ、自分の存在というものがこの世に生まれなかったという事実。その狭間で、様々な想いが交錯してゆく。彼がこの先も抱えてゆくだろう思い。或いは秘密。過去の出来事と向き合った彼ならば、それに囚われることなく生きてゆけるかもしれない。

410590051Xある秘密 (新潮クレスト・ブックス)
Philippe Grimbert 野崎 歓
新潮社 2005-11

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コメント

ましろさん、こんにちは♪
薄い本だけどものすごく内容が濃いですね。
はじめはファンタジーかなと思ってたのですが(笑)
作者の自伝みたいですが、かなり書くのに勇気がいったと思います。
でも見事に最後には成長してるところが勇気づけられますよね。
高校生が選んだゴンクール賞作品らしいですが、日本の高校生にも是非手に取ってほしいなと思います。
それではまた遊びに来ます。

投稿: トラキチ | 2009.04.20 17:13

トラキチさん、コメントありがとうございます!
本当にこの本にはいろいろな思いがぎゅっと濃縮されていますよね。
幻想的にもロマンティックにも複合的な内情を含んでも…
どんなふうにも描ける作者の力量はすごいと思います。
ぜひとも、もっと若い読者にも読んで欲しい本ですよね。
クレスト・ブックスはなかなか侮れませぬ。
と言いつつ、この頃読んでいないわたし…(苦笑)

投稿: ましろ(トラキチさんへ) | 2009.04.20 18:33

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