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2006.01.31

踊るナマズ

20050124_009 赤に強く惹かれた。淡くも濃く滲む微妙な濃淡の赤。あの赤。女なら見慣れたあの赤だ。そんな妖しくも複雑な思いを抱かせる表紙の、高瀬ちひろ著『踊るナマズ』(集英社)は、とてつもなく魅惑的な一冊である。子供を孕んだ女が、胎内に向かって古くから伝わるナマズの話を語りかける物語なのだが、そのナマズの物語がなかなか面白い。表紙に抱いた感情は、物語にしっくり馴染んで物語と溶け出す。ナマズになんてちっとも興味がないのに、するするとずるずると知らぬまに引き込まれてしまうのだ。恐るべし、ナマズ。畏るべし、すばる文学賞受賞作。なんてことを思いつつ、表題作「踊るナマズ」と「上海テレイド」を読み耽った本日。

 舞台となるのは、ナマズをシンボルマークとする田多間町。ナマズと縁の深い町で、それを愛する両親と叔母に囲まれて育った女の、14歳の記憶と今が交錯してゆくのだ。ナマズという生き物が神の使いとされたり、畏怖されるべき存在とされたりもするという、奇妙さ。その姿形のマヌケさ。愛嬌とぬるりとしたグロテスクさを合わせ持ちながらも、町に長い年月を経て伝わってゆく民話。それは、人がこの世に生まれる根源である胎内での出来事に繋がってゆく。性的なものに敏感になる年頃に聞くには、少々あからさま過ぎる民話の語り手の表現が、かえってさらりと感じるのが興味深い。民話というよりも猥談に違いないのだが、そこには生と性と死が混在しているのである。

 登場人物も魅力的で、中でもナマズに囚われ導かれて芸術に生きる叔母が素敵だ。彼女ほどナマズに寄り添っている人はいないのではないか、なんて思いを抱くほどに日々常々長い年月ナマズと共に過ごしているのだ。彼女は実際にナマズを飼っているわけではなく、脳内にナマズが刻み込まれている、というべきかもしれない。14歳の少女が猥談な民話を聞くのは、さまざまな必然と偶然から。その年代特有のぎこちなさと共に、一人の少年とも一緒に、である。めぐりにめぐって結ばれる繋がりは、ナマズの持つ物語と遠くも近い雰囲気が漂う。人間がナマズの末裔かも知れぬ伝承の真偽はさておき、はじめに抱いた赤に対する思いと物語とは、心地よく絡まり合ったのだった。

 もうひとつの収録作品「上海テレイド」は、万華鏡作品の依頼主である人物が、その作り手である女性の自宅にて、龍の象嵌が施された小さなテレイドスコープに纏わる話を聞かされる、というもの。言うならば、“姉と弟の禁断の愛”のようなものである。母の形見である万華鏡と、美しくも儚い光景とが彩りを添えて、淡々とした語り口なのにあきさせずに読ませる。ふいの打ち明け話に戸惑う聞き手の思いも描かれているのが、憎らしいくらいにツボである。人が祈りを捧げずにいられない瞬間。身を切り裂かれるような痛みの根。それは不安の存在ゆえなのか、生命のよるべなさゆえなのか。私の中の感情が抱かせる思いとのシンクロに、戸惑いつつ納得した。 
 

408774793X踊るナマズ
高瀬 ちひろ
集英社 2005-12

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コメント

ましろさんのレビュー読んでから表紙の「赤」を見て、あー白いワンピースって思いました。
TBさせていただきました。

投稿: なな | 2006.02.01 21:31

ななさん、コメント&TBありがとうございます!
白いワンピース、印象的でしたよね。そこに染みた赤も。
予想外に気に入った久しぶりの作品かも知れませぬ。

投稿: ましろ(ななさんへ) | 2006.02.02 17:46

ましろさん、こんにちは。
ましろさんと大好きが一緒で喜んでる七生子です。

一見するとまるで無関係そうなナマズと胎児ちゃんが最後の最後で結びついてしまうように、
破綻することなく綺麗な円環を描くこの物語にとても惹かれちゃいました。
何一つ予備知識もなく読み始めたのも、良かったのかもしれません。

白いワンピースのエピソード、鮮烈でしたね。
私も↑のコメントを拝見して、装幀の赤の意味に気がついたのでした。
ましろさんに感謝!

投稿: 七生子 | 2006.02.09 13:14

七生子さん、コメント&TBありがとうございます!
私もとっても嬉しいです。あぁ、よかった。
再びほっとしております。

ナマズと胎児ちゃん(笑)
本当に見事に結びつきましたよね。
もっと他の作品も読みたくなる作家さんを知れて、ウキウキであります。

表紙は、もしかしたら違う意図があるのかもしれないけれど、
勝手に解釈してしまいました。
でも、私にはその赤に思えたんです。

投稿: ましろ(七生子さんへ) | 2006.02.10 00:21

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