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2006.01.01

こわれた心を癒す物語

20041012_55544024 物語が入ってこないときがある。それは私の場合、自分の心に隙間があるのにもかかわらず、入ってくるものすべてを拒むことを意味する。何者をも受けつけない。寄り添ってくることをよしとしない。肉体的な疲れとは異なる、虚しさにも似たそんな感情。ジャコモ・バッティアート著、荒瀬ゆみこ訳『こわれた心を癒す物語』(アーティストハウス)に描かれるエリーザの姿に、私はそんな感情を重ねた。もちろん、ぴったりとは重なるはずはない。エリーザが少しずつ歩みを進めるたびに、語り手である主人公の声に耳を傾けかけるたびに、じわじわと徐々に物語に溶けていくときの感覚を思い出していた。ちなみに、表紙は大好きなクリムト。

 物語は、主人公の新米医師が心がこわれてしまった患者エリーザと出会うところから始まる。20歳を過ぎたばかりのエリーザは、閉鎖病棟で美しいのか醜いのか判断できない姿で閉じこめられている。人間としてあるべきものを奪われて。唯一執着を見せるのは、かつて彼女が弾いていたヴァイオリンだけ。舞台となる1960年代では、彼女を治療不可能とするのが主流だったらしいことが読み取れる。だが、それに逆らうように主人公は彼女の中に引き寄せられるものを感じ、自分の信じる方へ彼女を導こうと決める。その思いは、彼女の抱える病への興味なのか、病を抱える彼女自身へのものだったのか、それとも病を取り払ったところにそそがれたものなのか。私の興味はその点に集中していた。

 “どんなひとの人生もそのひとの物語だ。自分の人生を物語ることができれば、ひとは救われる”という主人公の父親の遺した手紙と、“男から女へは、言葉でもいい表せない糸が張っているもの。その糸でひとは救われる。ただ存在だけに意味があって、そのひとがいるだけでいい。狂気を受け入れることができる心のバランスが大切”というガイゲンバワー夫人の思いに支えられて、主人公は病院からエリーザを連れ出す。失うものとこれから先の障壁を覚悟して。エリーザの苦しみは僕の苦しみ。僕の生きる望みは、彼女の生きる望みになるのだと信じて。今あるありったけの力をかき集めて。彼女の心をこわした根源の、彼女の知るべき物語を見つけるために。

 主人公が選んだ荒治療とも言える“物語る”という方法が、正しいか否かという部分には問題が潜むのを感じるものの、ひとりの人物がひとりの人物に真正面から向き合い、心を尽くし、思いをそそぐという姿勢にはとても惹かれるものがある。一度こわれてしまった心が、人の力で癒えるということが可能なら、この世にはまだまだ手に余るほどの救いがあるのではないか。そんな淡い期待が生まれてくる。けれど、実際に医師と患者がいちいち愛の中に入り込んでしまったら病院はおかしくなるだろう。治療の中で生じる感情に転移や逆転移なるものがあるが、用語集には必ず“振り回されぬように”との注意書きがある。物語と似た関係があり得るという、確かな事実を示しつつ。

4048973169こわれた心を癒す物語 (BOOK PLUS)
Giacomo Battiato 荒瀬 ゆみこ
アーティストハウス 2001-09

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コメント

気になったー(=・ω・=)
『物語が入ってこない時』ってわたしにもあるよ。
多分描かれる絵は違うけど、そこから感じる感情は似てるかもしれない。

表紙がクリムトってだけで、まず手に取っちゃうよね。
でもメンタルのことをずばり突いてる物語ってコワいとゆうか、何となく避けてしまうとゆうか、やっぱりコワいから、ビクビク。
でも気になる。

主人公が『物語る』荒療治を選ぶというのは『巻き戻し法』と似ているものだろうか?
わからないけど、それは本人が最終的に自分のことを背負う覚悟で選んだものだろうか?

自分が今『巻き戻し法』最中だから、そんな重箱の隅をつつくようなことが気になってしまう。

読んでみようか。

投稿: ナヲ | 2006.01.02 20:41

ナヲナヲ、コメントありがとう!
私もメンタルな部分を突いてくるものには怖さを感じる。
目を背けたい自分の姿を見せられるような気持ちになることが多いし。
でも、気になっちゃうから手に取っちゃう(笑)

実はこの本、3回くらい挫折していてやっと読めたのでした。
クリムトの表紙であることにも、4年経ってから気づいたという…

この本での『物語る』手段は、彼女の過去ではなく彼女のルーツ。
彼女の場合はきっかけが過去で、根源が解決の糸口だったのかもしれない。
最終的には、彼女自身が自ら物語に耳を傾ける必要があって、覚悟を決めた瞬間から新たな進展が読みとれる。
でも、実際はこんなにスムーズにはいかないかなと思いつつ、
やっぱりどこまでもいつまでも寄り添う人の存在というものの支えや救いを欲しがる私でした。ひとりきりで向き合う自信は、今はまだないから。

投稿: ましろ(ナヲさんへ) | 2006.01.02 21:38

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