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2006.01.17

なつかしく謎めいて

20050830_153 自分の意志とは無関係に時間軸に迷い込むということ。ときにそれは心地よく、ときにひどく不快なものである。アーシュラ・K・ル=グウィン著、谷垣暁美訳『なつかしく謎めいて』(河出書房新社)は、読み手をそんな迷宮的な物語世界に誘ってくれる作品である。先日記事にした『空飛び猫』は、実はこの作品を読むための心構えとして手に取ったものだったのだが、こちらはファンタジー的な要素よりも深い思索や文化論に満ちているように感じられる。描かれる旅行記的な物語には重いテーマが横たわっているのに、タッチが軽いためにさらりと読めてしまう。そこがこの物語の恐ろしい部分であり、著者に対する興味深い部分でもある。「ゲド戦記」シリーズも読んでみるべきか…

 物語の語り手は、著者を思わせる人物。原題の“changing planes”が示す通りに、空港が時間軸に迷い込む入り口となり、様々な場所への次元間移動を繰り返す語り手。旅行者には通訳機が与えられ、不自由なく(ときには役に立たないが)違う次元の人々とのコミュニケーションがとれるという設定になっている。次元間旅行局によってアドバイスされた場所に出かけたり、旅行者による様々な噂もなかなか頼りになったりする様子。中には、決して行くべきではない場所や、少しの間も滞在すべきでない次元もある。そういうところに足を踏み込み、元いたはずの地点に戻れなくなる可能性もあるのだろうか。読み手側の勝手な解釈によれば、既に語り手はその迷宮に入ってしまったように思えるが。

 迷宮的な物語のいくつかについて記しておく。中でも“眠り”関する物語「夜を通る道」と「眠らない島」について。「夜を通る道」のフリンシアでは、夢がすべての知覚力のある生き物の交わる場所として認識されている。すべての人は夢によって繋がり、自己という概念を薄れさせる。夢解釈の無力さと、それに対して抱く私たちの妙なこだわり。そんなものを砕かせるような物語である。また「眠らない島」では、眠りというものがどんなに人々にとって無用なものか。また、それがもたらした悲劇を説いている。はたして眠りは本当に知性を阻害するのか、なんていう疑問はナンセンス。もちろん物語もナンセンスなのだが、物語の中に展開される理論がどこかに存在する可能性を感じさせる。

 そして、物語の中で圧倒する存在感を放っているのが「翼人間の選択」という章。此処では、翼があるということに対しての2通りの考えが展開する。その多くを占めるのが、“死刑宣告としての翼”である。もちろん、素晴らしいことであると思う人々も僅かながらいる。だが、翼があるということは奇形であり、生命にも身体にも多くの負荷がかかるのだという。飛んでいるときに機能不全に陥る可能性も高い。そこで、翼を持ちながらも敢えて飛ばないことを選択する者が出てくるわけである。目立たないように翼を縛って生活する者。彼らは密やかに飛ぶことを夢見つつも、ごくありふれた普通とされる生き方をする。文字通りの“地に足をつけた生き方”、それが意味するところは人それぞれだが、幸せの意味だとか本当の意味での幸福だとか、そんなことを考えさせる物語である。

4309204503なつかしく謎めいて (Modern & classic)
アーシュラ・K. ル=グウィン
河出書房新社 2005-11

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コメント

数日前、深夜放送でIQが高い少年の映画やってたんですが、おもしろかったですね。タイトルは・・・・え~~~と・・・記銘力のない僕には思い出せません。

なんかIQの高い少年が、世間の関心を浴びて、親元を離れて英才教育をうけさせられるんだけど、大人世界にも子供世界にも溶け込めない居場所のない孤独を感じて、結局親元でありふれた生活に戻るってやつです。それが当人にとって一番しあわせだという話。

ふつ~が一番!!・・・・。っていうか、普通の生活返して(涙。普通以下の人生送ってる僕には、普通がまぶしいです。

投稿: るる | 2006.01.18 07:21

るるさん、コメントありがとうございます!
なんだろう…うーん、一体何というタイトルの映画だろう。
もし思い出したら、ぜひ教えてくださいませ。

私も普通を夢見て憧れて、どこかそれを待ち望んでいる思いがあるので、
いろいろと複雑に絡み合う鬱々としたものがあったりする。
10代の頃に欲しがっていた“特別”なもの“個性”と呼ばれるもの、
そういうものを求めなくなっている現状って、なんなのかしら、とか。
それが様々なものと折り合いを付けるということなのか、
それとも生き方として問題があるということなのか、
迷い戸惑いゆらゆらぐらつく不確かな足下を少々恥じてみるのデシタ。

投稿: ましろ(るるさんへ) | 2006.01.18 20:35

『リトルマン・テイト』です。思い出しました。

僕は個性ってあんまり意識したことないですね。それが個性と呼べるものかは解りませんが、イビツに出来てるので、むしろ普通の生活に適応するのの方に努力が必要なように思うので。個性って、求めるものなんじゃなくて、その人のもつ生来の気質なんじゃないでしょうかね。もちろんこれは一つの意見なんですが。

投稿: るる | 2006.01.19 03:17

わぁ、思い出しましたか!さっそくチェックしてみますデス。

“生来の気質”として個性というものが備わっていれば、いいと思うのです。でも、私は個性というものを自分の理想のカタチにしてしまいたかった。偽りの個性をあたかも生まれ持っていました的に。
今になって、「ふつうがよかったです」なんて甚だしいにも程がある…というわけなのです。歪んでる。「それがあなたですよ」とか誰かに言われそうだけど(笑)

投稿: ましろ(るるさんへ) | 2006.01.19 10:48

はじめまして。『なつかしく謎めいて』は、私も最近読んで気に入りました。ここまで色々な「世界」を作り込んでいるところに驚きましたね。ましろさんのおっしゃる通り、深い思索や文化論に満ちていて、かなり濃密な読書体験ができました。月並みな感想ですが、異世界の話だからこそ、思索の普遍性が際立ってるように思います。

投稿: T | 2006.01.23 20:19

わぁ、Tさん。コメントありがとうございます!
実は敬遠していた著者だったので密やかにTさんのレビューでの評価をチェックしてから、手に取りました。
異世界だからこその思索の普遍性には、同感です。私もかなり濃い読書の時間を過ごせたような気がします。読んでみて初めてわかるこういう感覚、体験は、読書の醍醐味かもしれませんね。

投稿: ましろ(Tさんへ) | 2006.01.23 21:12

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