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2006.01.04

モンテロッソのピンクの壁

20051214_086 私にとってピンクという色は、似合わないながらも心奪われる色。新たな始まりのときに白でも黒でもなく、パステル色に染まってみたかった。そんな理由から手にした、江國香織・作、荒井良二・絵による『モンテロッソのピンクの壁』(集英社文庫)。そこには、夢の中に見たモンテロッソという不思議な響きの場所にある、ピンク色の壁に強く惹かれる猫の物語が展開する。猫の名はハスカップ。うす茶色で金茶色目をした美しい猫である。“モンテロッソへいかなくちゃ”呪文のように繰り返される言葉と共に、ハスカップの旅が始まるのだが、ハスカップはとても賢い。旅の始まりと同時に失うものがあることを、何かを手に入れるために何かを諦めなければならないことを、よく知っているのだ。

 さて、私はパステル調のピンク色に染まることができたか否か。その答えから書いてゆこうと思う。簡潔に一言、否。物語も絵も、夢と希望に満ちた美しい物語なのだ。なのだが、否。物語が気に入らなかったというのではなく、むしろ大好きなタイプの物語という思いも虚しく響いてしまうくらいに、具体的な街並みと結末と鮮やかな映像というものが私の中に浮かんでしまったというのが、その否という答えの理由である。パステル色の世界に浸る思いがくじかれて、よどんだブルーになった心はささっとブラックへと変化した。めくるページが鮮やかなブルーだろうと淡いやわらかな世界だろうと、一度ブラックになってしまうと、もう他の色には戻れない。この感覚はひどくもどかしい。

 では、私の中に浮かんだ具体的なものとは何か。それは、長崎の街である。大きい船、小さい船、中くらいの船、漁船、客船貨物船。それらすべての船がある港をイメージしたら、長崎だった。実際に港には行ったことがないので、本当にそういう船があるのかどうかはわからないが。そして、ハスカップがたびたび乗る自動車と呼ばれるものが、路面電車のように思えてしまった。辿り着くモンテロッソの街並みは、外国の街を思わせながらも、小高い丘に立ち並ぶ長崎の街とだぶってきてしまった。多分、私がイメージしたのは、ロープウェイから眺めた街。足が棒になるほど歩き回った長崎。やっと辿り着いた稲佐山からの眺め。旅を知らない私が、唯一旅したつもりになっている場所に対する思いなのだろう。

 ぱっと浮かんだ拙いイメージが、最後まで揺るぎなく自分の中にあり続けたという偶然に、私は結末で恐ろしい思いをする。ハスカップの見た淡いピンク色の壁。それが、原爆の写真と重なってしまったのだ。時を経ても残る痛みの残骸。淡くも色濃く刻まれる記憶。うずくまったまま、手を伸ばしたまま、何かを叫んだまま、そのまま影として残った人型。ちょうどハスカップが気づかぬままに、ずっとモンテロッソのピンク色の壁のそばにいるのと同じように。私の中のイメージがピンク色ではなくとも、あまりにも長崎を彷彿とさせる物語。一夜の夢ならば、覚めるかも知れない。物語なら、フィクションになる。でも、この強烈な光景をかき消してしまうことは、ひどく苦しく難しい。

4087477150モンテロッソのピンクの壁 (集英社文庫)
江国 香織
集英社 2004-07

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