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2006.01.08

ブリュー

20051102_029
 人の持つ性質としての矛盾。葛藤があるからこその均衡。そういうものを美しいと思える作品の、抱けない男と抱かれたい女の物語、クレール・デデヤン著、山中芳美訳『ブリュー』(産業編集センター)。4年ぶりに再会した彼は、肉体と羞恥心を抱く自由を奪われた姿に変わり果てていた。彼女は、そこに今にも壊れてしまいそうな彼を感じる。彼が一人になる時間が必要なこと。きれい事では語れない思いがあること。人は聖者ではいられないこと。生きるために、生きようとするために、妥協や諦めというものが存在すること。また、何かを失うことで得られるものがあるということ。それによって、より多くのものが与えられる人になれる可能性もあることを感じる。これは、ひどく悲しい物語に映るのであるが。

 読み進めていくうちに、何らかのカタチで彼が事故にあったのだとわかる。彼女の目の前の彼は、認めたくない信じたくない姿となっている。彼は車椅子。彼が彼女に連絡したのは、既にその姿での生活が板についてからのこと。自分の姿に、運命に、今後の自分を見出し始めてからのこと。彼のプライドの高さが窺える。4年も前に別れたはずの彼女に、彼がなぜ会いたいと思ったのか。なぜ彼女でなければならなかったのか。物語の中に漂う雰囲気によって、じわじわ読み手に伝えてくる。抑制の利いた詩的な文章は一文一文丁寧に紡がれていて、読み手の心に寄り添うように絶妙に絡みつく。彼の気持ちと彼女の気持ちが交錯するとき、どこまでも深い愛を感じられた気がする。

 描かれる、過去に戻るための未来というもの。悲惨な運命を隠すための贅沢というもの。それがひどく悲しいと同時に、ほんのささやかな光を感じさせ、救いとなっていることに気づく。やり直す目的ではなく、新たな始まりとしての再会。相手の求めるような存在でありたいと願う熱き思い。残酷にも気まぐれに芽生える切実な欲求。愛しながらも感じてしまう底知れぬ不安。そして、それゆえの魅力。それらに対して、人は狡い。密かに自分の逃げ場を作って、先回りする。愛する人を裏切り、与えられないこと、返せないこと、答えてあげられないこと。人はしばしば、苦しいという一言でそういうものを片づけてしまう。ただ耐えるということ。ただそれだけのことが、あまりに困難であることを知らされる物語。

 物語には、音楽を奏でる場面がある。まだ彼が自由に動けた頃の。彼は彼女のために鍵盤を打つ。強く。或いは苦痛に耐えるように。壊れやすいものを下ろすように。そっと。息をひきとる瞬間のように。紡ぎ出される音たちは、去りゆくからこそ美しいのだと教えてくれる。静寂に消えゆくものだからこそ、こころを震わせるのだとも。彼女の中に思い出として残る彼の姿は、彼にとっても自分の理想とする姿で、彼が失いかけている男としての自覚、少年のような熱い心、というようなものだったのだろう。その自分のあるべきはずの姿を記憶と重ね合わせる作業は、ひどく痛みを刺激する。彼が彼女に与えるもの。彼女が彼に与えるもの。それが果てしなく続き、生きる糧となること。私はそれを、いつまでも信じていたい気がする。

4916199499ブリュー
Claire Dedeyan 山中 芳美
産業編集センター 2003-02

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