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2006.01.22

半所有者

20050815_166 ひどく美しい本である。その佇まいは読み手を選び、安易に近づくことをよしとしない。手にとってめくって感じて、その美しさに触れるべき。そういう類の作品である、河野多恵子著『半所有者』(新潮社)。妻の遺体を前に繰り広げられる、夫の妻への最後の執着。愛情と云うには、あまりに歪んでいる。悲しみと云うには、あまりに憎しみが感じられる。憎しみと云うには、あまりに愛が溢れている。ある意味、窮極の。ある意味、ただの身勝手な。そんな浅くも深い部分に根ざしたある男の思いが、文章に満ちている。その思いを受け入れるか受け入れないか、認めるか認めないか、読み手によって違うのだろう。

 この世から死にゆくことで、地上に遺される身体。体温を奪われた空虚にも似たもの。焼かれるのを待つ、或いは葬り去られるのを待つ亡骸。持ち主をなくしたそれは、一体誰の者になるのか。物語のテーマは、そんな問いを読み手に問う。夫は妻の遺体を自分のものにしてしまいたい。だから六法全書をひらく。1つ1つの項目を辿り、自分の求める答えを見つけようとする。けれどない。明確にそれを記す法律は存在しないのだ。配偶者である自分が、妻の死亡届や火葬を知らぬことは充分にあり得ることなのだと知る。その落胆。その曖昧。それが彼の心を掻き立てたのか、ただの衝動であったのか、亡骸となった妻を抱く。声なき声は、聞こえることなしに。

 私たちの持つ身体。すなわち自分自身の、あなた自身のその身体のことである。それが自分のものでなくなる瞬間というものについて、しばし思いを巡らせた。例えばその腕が切り離されたとする。事故によってかもしれないし、病巣のためにやむを得ずかもしれない。抑えきれない衝動によって、という場合も考えられる。そんなとき、切り離されたそれはもはや自分自身のものではないのではないか、と。それが腕じゃなく、指の先だったらどうなのか。或いは、伸びたから切っただけの爪だったら。シャンプーのたびに抜け落ちる髪だったら。そこまで考えると、どこまでが自分の持ち物なのか曖昧になるのは、私だけではないはずだ。そして混乱を感じるのも。

 この物語を、そんなふうに解釈するのはきっと間違っている。美しいと感じたものは、美しいままにしておくべきなのかもしれない。愛ゆえの行為だと、一言で片付けてしまえばいい。亡骸と化した妻だって、それを否定したりはしないだろうと。けれど、妻はもういないのだ。夫の前にいるのは、冷たくなった抜け殻だ。意思もない。感情もない。答える声もない。何も返してこない、無機質とも思えるくらい無力なものだ。ある瞬間をもって変わり果てたその姿を、私は“男の妻”だとは言い切れない。生と死はあまりにも異なるものだから。あまりにもかけ離れているものだから。男の意のままになんて、させてはならないのだ。それは私が女であるからかもしれないが。

4103078073半所有者
河野 多恵子
新潮社 2001-11

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コメント

ほんとうにこれは衝撃的な1冊でした。
読んだあと、しばらく茫然としてしまった。
それにしても美しい本ですよね。
こういう本は一度手に入れるともう手放せなくなってしまう。
してやられた、という気もします。うふふ。

投稿: ミメイ | 2006.01.31 00:46

ミメイさん、コメントありがとうございます!
もうもうホントに本当に美しく衝撃的。
“してやられた”というの、よくわかるような気がします。思わず、うふふ。

手元に持ってらっしゃるんですね。いいなぁ。
とっても羨ましいです。私が読んだのは図書館本なので、
見つけ次第手に入れたいと思います。

投稿: ましろ(ミメイさんへ) | 2006.01.31 14:37

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