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2005.12.17

インド夜想曲

20050830_147 散りばめられたいくつかのエピソード。それらを丁寧に紡ぐように、ある1つの物語が展開する、アントニオ・タブッキ著、須賀敦子訳『インド夜想曲』(白水uブックス)。良質なミステリーの要素を含みながら、読み進めるほどに謎が深まってゆく。インドで失踪した友人を捜して、ボンベイ、マドラス、ゴアを旅するイタリア人が主人公。彼が様々な場所で出会う人々の奇妙さとその言動から、インドという国の魅力に強く引き込まれていく。この物語がただの人捜しでもなく、ただの旅行記でもないこと。彼が訪ね回る場所というのが、必ずしも失踪した友人の行き先でもないこと。ならば、彼はどうしてこの地を巡るのだろう。それらの問いを抱えながら、私は物語に浸った。

 主人公が捜しているのは、シャヴィエル・ジャナタ・ピントという男である。貧困がひしめく地で、男の傍にいた女性の手紙を頼りに。男が病気になったということ、何かの神智学協会との繋がりがあったということ、彼女が語る恋物語と共にいくつもの情報を得て、それを辿ってゆく。順に。転々と。それがもしもインドでなかったのならば、主人公の追跡はもっとスムーズに男に向かっただろう。そのすぐ近くまで。男の肩をぽんと叩くほどに。けれど、主人公には男を示すもの(例えば写真)が何1つないばかりか、男を正確に描写する言葉もない。そして、男の名はいつの間にかシャヴィエルですらなくなるのだ。主人公が捜しているのは誰なのか。その目的は何なのか。

 それから、物語に登場する人々について。まず、病院で主人公が目にする病人のしもの世話をするアンタッチャブル。彼らの存在は、此処が異国であるということ、階級制度のあるインドという地を印象深くする。様々な文化や宗教が溢れ、それとわかる身なりをしている者、それについて議論をもちかける者がいる。おそろしい形をした過去も未来も見えるという、アーハントを背負う少年がいる。アトマン、カルマ、マーヤー、個々の魂や幻影、そういうものの定義するところ、私たち人間を形づくるものたち、そういう話はやはりインドという地を強めてゆく。物語の舞台として此処が選ばれた意図を、あれこれと思い巡らす。そう、主人公がこの国を巡るのと同じように。

 この物語の冒頭には、不思議な文章がある。“これは、不眠の本であるだけでなく、旅の本である。不眠はこの本を書いた人間に属し、旅行は旅をした人間に属している”と。この文章を頭の片隅に置いた状態で物語を読むものの、文章が示す意味がよくわからない。最後の最後になって、その意味を自分の中で解釈できるのだが、多分それはミステリーの謎解きのように“これ!”というものではないように思えてならない。少しでも荒っぽく扱ったら壊れてしまいそうなほど繊細で、なおかつ曖昧な、そんな答えであるように思うのだ。浮かんできたその答えをいつまでも味わいながら、自分だけの余韻として残す。きっと、それが私なりのこの物語の結末なのだ。

4560070997インド夜想曲 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)
Antonio Tabucchi 須賀 敦子
白水社 1993-10

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コメント

タブッキ作品、わたしもいくつか読んだよ。
好きな部類だし、ちょうど最近『インド夜想曲』買おうと思ってたの!
何かシンクロが嬉しくなっちゃった。
わたしが今まで読んだので好きなのは『レクイエム』です★

投稿: ナヲ | 2005.12.18 02:22

インド自体に興味があって,最後まで
文章を読んでしまいました。
なんだかこの本を,読みたくなって来たなあ!
答えはわからないかも知れない。
でも,答えはなくたっていいや。
こころの旅を共有出来たらいいのになあ
なんて,そんな思いです。

投稿: mao | 2005.12.18 07:24

コメントありがとうございます!
ナヲナヲもタブッキ作品好きだったのかぁ。
素敵なシンクロにウキウキしちゃうよぉ。すごく嬉しい。
私は『レクイエム』(←私もこの作品好き)以外の
作品を訳している須賀敦子さんが大好きで、
その作品を再読してゆこうと思っているこの頃です。

投稿: ましろ(ナヲさんへ) | 2005.12.18 09:29

maoさん、コメントありがとうございます!
インドに興味があるのなら、この物語はすごく楽しめる気がします。
もちろんそうじゃなくても面白いのだけれど、
地名や文化や宗教などについて、私はあまりにも無知だったので。

共有できるものがあるということ。
それは誰かと私のとびきり素敵な繋がり、かな。と思う。

投稿: ましろ(maoさんへ) | 2005.12.18 09:43

ましろさん、こんにちは!
須賀さんの文章、ほんといいですよね。
須賀さんもタブッキも、来年はじっくりと読み進めようと思っていたんです。
まずは「レクイエム」にしてみようかしら?
白水Uブックス、いい本が多いですよね。
楽しみです~。

投稿: 四季 | 2005.12.19 08:54

四季さん、コメントありがとうございます!
私も来年はじっくり須賀さん&タブッキ作品を読みたいです。
白水Uブックスにも、どんどん手を出したい~!
良い作品がそろっていて、とってもいいですよね。
でも、ちょっとお高いのが気になってしまいます。
以前にもそんなことを言いましたね…本代だけはケチらない親の娘なのに。
いけないいけない。

投稿: ましろ(四季さんへ) | 2005.12.19 17:37

大変面白く拝見させていただきました。
ボクなんかが足下にもおよばないような、素敵な文章でタブッキの本を紹介されていてびっくりしてしまいました。

この記事に限らず、絵本なんかも紹介されてて、本のチョイスとか含めて、とても感動しました。ゆっくり拝見させていただきます。

投稿: 遠江 | 2006.05.16 02:39

遠江さん、はじめまして。
コメントありがとうございます!
自己満足に言葉を連ねているので、
それを面白いと言ってくださって、すごく嬉しいです。
恐縮しつつも、気持ちが弾みます。ありがとう。

本のチョイスは、気分屋なのでごちゃまぜな感じですが、
よろしければまた、ぜひいらしてくださいませ。
わたしも遠江さんのブログ、拝見させていただきますね。

投稿: ましろ(遠江さんへ) | 2006.05.16 04:18

ましろさん、コメントありがとうございました。
ほかの記事もゆっくりみさせていただきましたが、ほんとに素敵ですね。

トップページからリンクさせていただきましたので、今後ともよろしくおねがいします。

投稿: 遠江 | 2006.05.17 08:12

遠江さん、再びありがとうございます!
いろいろ読んでくださったんですね~。
リンクも、とっても嬉しいです。
わたしもドリコムRSSの方で、させていただきますね。

投稿: ましろ(遠江さんへ) | 2006.05.17 10:28

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