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2005.12.11

闇のなかの赤い馬

20050916_226 かつて子どもだったあなたと少年少女のための“ミステリーランド”の1冊である、竹本健治著『闇のなかの赤い馬』(講談社)を。この本、文字が大きくかながふってあるので、もの凄く読みやすい。また、ページの角がまるいのが何とも可愛らしい。ミステリーはあまり手に取ることのないジャンルゆえ、そのまるっこさに惹かれて他の作品も読みたいくらいである。内容は、特別子ども向けというわけでもなく、結構生臭い場面や描写が出てくるし、よく見てみれば表紙もときどきある挿絵も怖かったりする。私は眠りにつくまでの夜中に読んだものだから、少々うなされてしまった。悪夢まではいかないものの、不気味な夢に囚われて。それもまた、物語に浸れてよかった部分だったりする。

 まずは、詳しい物語の内容から。舞台となるのは、ミッション系の学校。寮生活を送る者とそうでない者がいて、こういう学校にありがちな信仰心や宗教、神や仏の存在有無などに葛藤を抱える者が登場する。物語の中心となるのは、汎虚学研究会のメンバーであるタマキ、マサムネ、タジオ、フクスケ(唯一の女の子。でも決してマドンナ役ではない)の4人。彼らが挑むのは、深夜の地下室から洩れる明かりの謎と校内で起きた焼死体の謎である。それに加え、語り手であるタマキの夢に登場した血まみれの馬に関する謎についても、次第にじわじわと明らかになってゆく。事件、展開、解決と大きく3つの項目に分けて書かれているため、ミステリーに慣れていない私でも理解度はよかった気がする。

 この物語の場合、警察は動いているものの、あくまでも“彼らの推理”に終わっているので、謎、或いは事件の真実を明らかにしないと嫌だわという人には物足りないところもあるかもしれない。謎の元の元である肝心の人物に、細部にわたって話を聞いたわけでもないので。でも、あくまでも推理に終わっていることで、物語の深い部分をあれこれと想像させ、もっと奥に潜む出来事や真実、裏にある人間のどろっとした感情のようなものを強く感じさせている。具体的に云うならば、推理を繰りひろげた彼らの身の危険だとか、真実が明らかになったときの罪と罰の置き場所だとかを。こう考えてみると、あくまでも推理に終わっていることが、物語の救いでもあるのだなぁと気づくのであるが。

 最後に、著者のあとがきからの言葉を。少年だった日々を振り返り、“僕にとって、いちばん世界がきらめいていた時期です”と。私がきらめいていた時期が、かつてあったことを信じたい気持ち半分。これからなのだと思っていたい気持ち半分。2つの選択肢の狭間で揺れる思いをいつまでも抱えていたい気持ちは、無限にあるのかもしれない。

4062705699闇のなかの赤い馬
竹本 健治
講談社 2004-01-31

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