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2005.12.25

完全演技者

20051124_33113 トータル・パフォーマー。それは、過去の自分を葬り、仮面で素顔を隠して全身全霊で共鳴する者のこと。どこの誰かもわからない存在になることで、外側にある何かと。或いは、誰かと。舞台の上だけにとどまらずに。そうして最後の最期までもパフォーマンスを貫いたクラウス・ネモと、ネモ・バンドのメンバーの物語が、山之口洋・著『完全演技者』(角川書店)である。徹底した生き方と倒錯的世界に圧倒され、ぐいぐいと引き込まれた(特に中盤すぎから)。丁寧に“フィクションである”と書いてあるので、それについては触れないが、読みながらイメージしてしまうのはやっぱりあの姿だったりする。

 物語は、日本人の悩める無名ロック・ボーカリストのオサム・イノが、ある1枚のレコードに心惹かれるところから始まる。そのジャンルを超えた音楽、どこまでも怪しいビジュアル、非人間的で不思議な高音の声。その異様さ。知り合いのつてに頼り、クラウス・ネモについての情報を手に入れたオサムは、実際にそのパフォーマンスを見ようと、NYへ旅立つ。オサムの目の前に訪れる幸運。もしかしたら不運かもしれない類の。それらはただの偶然ではなく、誰かの手による必然でもある。突然とも言える。その裏に潜むいくつもの疑問、謎、秘密、賭け、執着、葛藤、依存。そういう強い力に鷲掴みにされる。

 音楽と呼ばれるものの中にある無数のジャンル。この物語に登場するものとしては、ロックやテクノ、そしてオペラ。もしくは、それらの融合。新しいモノを求めがちな流行に左右されて、どのジャンルが自分にとって心地よいものなのかもわからなくなった私には、物語に解説される音楽の在り方が深い情念に感じられた。限りなく怨念に近いくらいの。例えば、ロックがタナトスの音楽であることだとか、テクノが非人間性への憧れであることだとか。個人個人によってその定義は異なるのだろうが、どのジャンルにも通ずる固有の感情や態度を思うとき、新たな関心が高まっていることに気づく。

 最後に、物語の端々に感じる痛みについて。具体的にコレという形では出てこないものの、それを感じずにはいられない。ネモを始め、ネモ・バンドとそれを影で支える偽医者。彼らはいくつもの傷を、葬り去るように捨てている。自分の過去と一緒に。それについて、読み手である私は完全に理解することができない。できるのは、ただその痛みを感じること。知ろうとすること。それだけである。そして、思う。過去に囚われすぎている自分を。過去と同じ過ちを繰り返している愚かさを。今ある自分というのは、過去があるゆえ。けれど、余計な過去に支配される必要はないのだ。そこまでの結論は、物語を通して何とか出た。

4048736345完全演技者
山之口 洋
角川書店 2005-08-31

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