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2005.12.06

いつか、ずっと 昔

20051202_072 桜の妖しげな美しさとともに思い出される、かつて確かに経験したはずの記憶の断片。その懐かしさと切なさを幻想的に紡いだのが、江國香織・文、荒井良二・絵『いつか、ずっと 昔』(アートン)である。この物語は、圧倒的にピンクが色濃く印象的。桜のような淡くてやわらかなピンク色も出てくるのだけれど、すももの花みたいな強く主張するピンクが文章としっくり合っている。差し色としてもその存在は大きく、抽象的なイメージのみの場面では、読み手の心をよい意味で掻き乱し、揺さぶり、ずんずんと答えを迫ってくるよう。ほらほら、もっともっと。急かされた私は戸惑いつつも、ページをめくる手を止められなくなったほどに。

 物語は、満開の桜が散り始める頃のこと。結婚を控えたれいこと浩一は、夜桜を見ながらうっとりとしている。闇の中ではらはらと散りゆくその可憐さと儚さに。すると、美しいヘビが現れ、れいこをじっと見つめる。不思議な懐かしさの中で、れいこはかつて自分がヘビであったことを思い出す。そして、自分を見つめるそのヘビが、その頃の恋人であったことも。人間からヘビへ、ヘビから豚へ、豚から貝へ…れいこは記憶を順に辿っていく。繰り返される生死。出会いと別れ。輪廻することへのささやかな歓喜。今もかつても誰かに愛されていたこと、誰かを愛していたこと。そういうものが描かれてゆく。

 その、れいこの中に思い出された記憶は断片に過ぎず、一直線では繋がらないはず。ヘビだったときは、もちろん“れいこ”であるはずがなく、豚だったときだって“れいこ”だなんて呼ばれることはなかったはずなのだ。けれどこの物語の中では、読むほどにれいこが辿る過去全てが一直線上に並び、そのときそのときの一番愛する人に言い訳をしている気がしてならない。“忘れてしまった”なんて嘘に違いない。私は読みながら、そんなことを考えていた。何ともひねくれた読み方である。きっと、れいこは愛する人の腕にもたれながら、自らの感情のままにウツツを抜かしていたのではないのか、だなんて。

 その証拠とも言えるのが、物語の結末である。曖昧な終わり方ゆえ、それをどう感じ取るのかは読み手の自由であるが、そのときそのときの大切な人(或いは生き物)は違えども、行き着くのはやっぱり同じ。そう、貴方なのよ、と。そんな雰囲気が漂っているから。ヘビも愛してみたわ。豚も愛してみたわ。貝も愛してみたのよ。だけど、私の大切な人はそう、貴方だと。記憶の中の相手が人間じゃないところが、いつまでも夢を見ていたい乙女としては、心強いくらいの救いである。もうひとつの救いとしたら、隣りに寄り添う相手がいることだけれど、残念ながら私にはいなかったのだった。

4901006940いつか、ずっと昔
江國 香織
アートン 2004-12

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コメント

こんばんわ、難しいけれど素敵な内容の本ですね。

投稿: ハンガン | 2005.12.07 03:07

ハンガンさん、コメントありがとうございます!
いやぁ、もしかしたら私が難しく考えているだけかもしれないです…こういう本は、もっと感覚的に楽しまなきゃいけないのかしら、と。

投稿: ましろ(ハンガンさんへ) | 2005.12.07 15:46

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