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2005.12.01

愚か者 畸篇小説集

20051026_024 31もの物語、或いは私小説らしきものを収録した、車谷長吉・著『愚か者―畸篇小説集』(角川書店)。著者の作品は初めてである。いつかは読んでみようと思っていながら、なかなか手が出なかった。難しくて読めない漢字のタイトルの作品が多いこと、私小説というものは読書に遊ぶには不向きであること、そんな理由から。長編から入ってしまうと気が滅入りそうだったので、手頃な厚さの短い作品からということで。読み始めたら、止まらなくなって一気に最後まで。1話目「非ユークリッド的な蜘蛛」から、奇妙な世界に引き込まれた。このまま不条理が続くのかと思ったら、人間の生理、裏切り、恥辱、屈辱…など様々なタイプの作品を読むことができた。

 印象深かった作品についていくつか挙げていく。数が多いのでごく一部だけ。まずは「トランジスターのお婆ァ」。鉱石ラジオがより遥かに高級なものとして、トランジスター・ラジオが店に並び始めた頃の話。村には一人、イヤホンでラジオを楽しむ老婆がいた。村の子供は、たえず薄笑いを浮かべながら徘徊する老婆を“トランジスターのお婆ァ”と呼び、老婆の予言のような言葉を皆畏れた。例えば、死人が出る。顔に痣ある子供が生まれる。そういう言葉を。時は流れ、不気味な結末を迎える。語り手の<私>が目にした光景は、強烈なインパクトがある。詳しい描写がないのに鮮やかで、あっけないのが余計にそれを引き立てているようで、何とも言えない余韻が残る。

 次は「ちのつく言葉」を。怒る気もしないミスを繰り返し、会社で雀の子を飼い、周囲とは違う雰囲気を放っていた高田氏に関する話である。彼を見る目は、もちろん咎めるものが多かったが、誰もそれをはっきりと口にしなかった。密やかに、職場で雀の子を育てることをいいなと思いつつ、やはりよした方がいいと思いとどまり、皆が皆彼に対して様々な思いを抱いていたからこそ、誰も何も言えなかった。彼とほんの少し関わりを持った<私>が、高田氏が去るまでの出来事を語ってゆく。高田氏の言葉と笑みが、可笑しくもあり、怖くもあり。希薄な人間関係が、妙に生々しく思えたり。物語として楽しむなら、高田氏はなかなかいいキャラクターである。

 最後に「ぬけがら」。“資本主義は、その繁栄ゆえに滅亡する”そんな考えを持つ、北川氏に纏わる話。そう言いつつも、家庭のある身ゆえに繁栄を目指す活動なしに生きる道はなく、満たされない日々を過ごさなくてはいけないわけで。牛をさばく人に感謝せずにその肉を食べ、逆にその人を白い目で見ることに疑問を抱いている。けれど、どう接すればよいのかわからず、自分自身がそう見られる職業に就くこともできず。知識人としての自分に生きづらさを感じている。彼の抱える葛藤は、時代背景は違っても今の時代にも通じるものゆえ、いろんな感情を刺激された気がする。特に、北川氏の語る犬についての話には、はっとした。此処では敢えて述べないけれど。

404873556X愚か者―畸篇小説集
車谷 長吉
角川書店 2004-09

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