« いつもそこに あなたがいた | トップページ | 土の中の子供 »

2005.11.06

此処彼処

20041212_007 場所に関する温かな連作エッセイ集、川上弘美・著『此処彼処(ここかしこ)』(日本経済新聞社)。この作品を読んで何よりも一番強く感じたのは、著者のいきいきしている様子。はつらつとしているのだなぁとか、日々楽しそうだなぁとか、そういう雰囲気。実際の生活は色々な雑事に追われて大変かもしれないし、悲しみや苦労やあるかもしれないけれど、文章から伝わってくるのは暖かな色をしたものだったのだ。それが、とっても懐かしく愛おしく思えた。日頃、ダークな色を放ち好む私にとっても。読んでいる間始終つきまとっていたのは、清々しい空気感。こういうのは、少々心躍ってしまう。

 エッセイは季節ごと(月別)に4つから5つ。具体的な地名の場合がほとんどだが、「関東」なんていうかなり広範囲にわたる場合もある。これだけでも妙に可笑しくなってしまった。そして、これまでの著者のエッセイは、川上弘美的日常の中にどこかしら嘘日記の色が見え隠れしていた印象が強かっただけに、この作品のプライベートな部分に関する記述にドキドキもした。作品よりも先に、著者のその容姿と雰囲気に惹かれてファンになった私には、味わい深い嬉しいものだったということ。ただ、「武蔵野」がなかったのが残念(あとがきが武蔵野なのですが)。ミーハーな私には、そこだけが惜しかったりする。

 自分にとっての場所。そこに属すると決めたもの、というのがきっと誰もに存在する。もしかしたらそれは、実在しない場所かもしれないし、今はなくともこれから先に見つかるものかもしれない。読みながら自問自答していた私の場合は、ない。何となく。ない。愛着のある場所というものは確かにある。例えば、お気に入りの座椅子の上みたいな狭いカテゴリーならば。自分自身が属する場所(地名)と言われたのならば、はっきりと、ないのだ。それは寂しくも悲しくもあるかもしれない。でも、考え方を変えれば自由であるということ。何ものにも属さずに囚われずにいられるのだから。ただ、他のものが束縛するのには参る…煩わしいしがらみは多いのだ。

 さて、エッセイの印象深いところについて。「浅草」という、かつて一人きりで悲しくなった覚えのある場所が、今は不思議と悲しくなかったという話に出てくる、“自分と同じ名前に店は、ちょっと怖い”である。著者は友人からその同じ名前の店についての情報を耳にすると、気まずさに臆せずに行ってしまうらしい。何だか逞しい。そういうものは、小さな店であればあるほど、メンバーズカードがあればあるほど行きにくい。私の場合は。幼い頃にからかわれたのは、おもちゃ屋だった。そこに電話をすると、“はい、○○ちゃんです!”と私の愛称で店の人が明るく応じるらしかった。願わくは、一度も行かぬまま一生を終えること。

4532165377此処 彼処 (ここ かしこ)
川上 弘美
日本経済新聞社 2005-10-18

by G-Tools

もしもお気に召しましたら人気blogランキングへ…
にほんブログ村 本ブログ←素敵ブログが見つかります!

|

« いつもそこに あなたがいた | トップページ | 土の中の子供 »

15 川上弘美の本」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/55029/6927393

この記事へのトラックバック一覧です: 此処彼処:

» 川上弘美 [空想俳人日記]
おめでとう 人生のパレードに 蛇を踏む   始めて読んだ本は確か「蛇を踏む」だったかと思う。なんか蛇を捕まえたら抜け殻だけ掴まされて中身に逃げられたような感覚になり、その中身を捕まえようと躍起になって、その後、次から次へ無我夢中に読んだらしい。次の作品次の... [続きを読む]

受信: 2006.03.14 06:31

« いつもそこに あなたがいた | トップページ | 土の中の子供 »