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2005.11.17

縛られた男

20051117_22076 無駄な言葉が削ぎ落とされた簡潔な文章に、シンプルだからこそ伝わる何かがあるように思えた作品、イルゼ アイヒンガー著、眞道杉・田中まり訳『縛られた男』(同学社)。1948年~1952年に描かれた短編を収録している。ぎゅっと凝縮された物語は、生と死、現実と幻想が交錯する。その境界線は決して危ういものではなく、真っ向からそれと対峙している印象を受ける。弱い者と強い者、どちらの視点をも含む物語を読んでいくと、自由を手にしている者にこそ弱さがあるようにも感じられる。死の側に追い込まれたことがある者は、その経験のない者よりも遥かに力を秘めているのかも知れない。短篇はそれぞれ、ため息がもれてしまうほど面白い。

 表題作になっている「縛られた男」。光の中で目覚めた男は、細い縄で縛られていた。幾重にも交叉しながら上に向かって、腰、胸、腕へと。僅かなゆるみを工夫すれば、立ち上がって動き回ることも助けを求めて縄を解いてもらうことも可能。それなのに男は、サーカスの団長に誘われるまま、縄男として人気を得る。出番を終えても男は縄を解かず、その不自由さの中で暮らし続ける。自ら生き場所を狭め、限られた境遇に留まることを、人は憶病だと言うだろうか。ほんの少しのことで今いる場所から抜け出せるのに、そこから動かない男。私には、それを動くことを止められずに日々を焦り急ぐ者より、ずっと深く自分自身を理解しているように思えた。

 次は「開封された指令」。一通の指令の文面をめぐる物語である。1人の志願兵とその同行者は、部隊の指揮官からの司令部宛ての封書を届けることになる。書かれた内容が気になる志願兵が盗み見たのは、彼らの命を左右するものだった。多くは語れないが、何とも意地悪なユーモアが結末を彩る。「私が住んでいる場所」では、ある日を境に5階にあったはずの住まいが、下へ下へと日に日に下がっていく物語が展開される。隣人はそのまま。住人に変わった様子はない。疲れ果てていた主人公は文句も疑問も口にできないまま、これまで通りの日々を送り、ついには地下にまで来てしまう。主人公の戸惑いやそこに安住する思いが、奇妙な可笑しさを生んでいる。

 最後に「鏡物語」。此処に描かれているのは、終焉。少女は死から生へ、生から無へ。その一生を再体験する。まるで鏡で映したように巻き戻されて進む物語は、一度目と同じ振る舞いでなくてはならないらしい。同じ別れ、同じ出会いを1つずつ確実に。そうやって辿り着くのは、この世に生を受ける前。この物語を読み終えた後、戻れない過去にすがることの愚かさに気づく。再体験する過去はひどく退屈である。戻れないからこその貴重な時間、輝かしい瞬間なのだと身に染みてくる。鏡の向こうに広がる光景は、決して望んで入り込むべきものではなかったのだと思い、ため息をつく私。うっすらと漂う物語の怖さに心を蝕まれつつ…。

4810201325縛られた男
Ilse Aichinger 真道 杉 田中 まり
同学社 2001-10

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