« ジャミパン | トップページ | エドワード・ゴーリーの世界 »

2005.11.29

敬虔な幼子

20051120_023 “薬は、毒だからこそ効く”という言葉を耳にしたことがある。毒は上手に使えば薬となるが、使い方を誤るとやっぱりただの毒でしかないのだとか。私の好む読書において、毒を感じる作品というものがある。多分それは私にとって最良の毒であっても、或る人にとってはただの毒でしかないのかもしれないなぁと、ふと冒頭の言葉を思ったのだ。エドワード・ゴーリー著、柴田元幸訳『敬虔な幼子』(河出書房新社)は、私の中では結構な毒に満ちている作品の1つで、その緻密なモノクロームの線画と不条理の絶対性がとてつもなく魅力的に思える。独特の韻。深く根ざす翳り。それらが不思議なくらい心地よく効いている。

 私の思う毒というのは、作品の中にはびこる不条理だったり、自ら望んで破滅してゆくような自虐的なものだったり、心暖まる感動物語や単純な人生における喜びを白けさせるくらい屈折した感情だったりする。毒の種類は挙げていったらきりがないのでこのくらいにするが、そういうものを強く感じさせる作品を一番好んで読む傾向にある。もちろん、他の作品だって面白いと感じるし、毒を感じさせる作品というのは人それぞれである。私が“この作品の毒は最高だよ”なんて言ったところで、相手が同じそれを感じることができるかどうかわからない。自分に合った薬(毒)でなければ、効果はないのと一緒。

 さて、この『敬虔な幼子』の内容について。主人公は、ヘンリー・クランプ。わずか3歳にして、自らを邪な人間だと自覚しているかなりの大物である。神はそんな自分でも愛してくれることを知った彼は、聖句や聖歌を一人で唱えて、彼の考えるところの正しい日々を送る。両親を敬い、妹のために祈り、友人に教え、心の貧しい人のために分け与える。あぁ、彼の清く美しい犠牲にたくさんの賛美を…。なんて、するするとストーリーだけを辿ると、もの悲しい結末に微かに見える救いにばかり気を取られてしまいがち。だが、エドワード・ゴーリーだからこそのスパイスが効いているのだ。

 例えば、自分に出来ることがないか微笑みながら訊ねるヘンリー・クランプの手には、とんかちが握られている。善良ながら、ときどき悪魔の誘惑に乗ってしまうことがあった彼ならば、神の名を軽々しく扱う書物を塗り潰すほどの信心深さを持つ彼ならば、“おまえのその手で、邪な者に罰を下しなさい!”という命令に素直に従うかも知れない。そんな雰囲気である。可愛らしくて無邪気な表情なのが、余計に残忍さを秘めているようにも思えてくる。彼の両親が一体どんな言葉で何と神のことを教えたのかが、じわじわと気になってきた。1番始め、彼の両親はにこやかなのに、彼は泣いているから。もしや、両親は悪魔で…

430926588X敬虔な幼子
柴田 元幸
河出書房新社 2002-09-11

by G-Tools

もしもお気に召しましたら人気blogランキングへ…
にほんブログ村 本ブログ←素敵ブログにいらっしゃい。

|

« ジャミパン | トップページ | エドワード・ゴーリーの世界 »

58 海外作家の本(アメリカ)」カテゴリの記事

69 アート・絵本」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

エドワード・ゴーリーはわたしも好き。
知り合いでも好きな人がいて、『この中では『うろんな客』っぽいよね』とわたしのことを例えたことがあった。
うーん、そうなの?w
何となく何冊も集めてしまう絵本だよね。
ゴーリー自身のエッセイ(インタヴュー?)集も売ってたけど『どんどん変に・・!?』だったかな、立ち読みだけで買って無いなぁ。
この人は無類の才能で、ひょいひょいと生きていそうな所が好き。
残酷さがあっても、その距離が絶妙に気持ち良い。

投稿: ナヲ | 2005.11.30 16:35

ナヲナヲ、コメントどうもありがとう!
『うろんな客』(笑)
そうなのかぁ。そうなんだぁ…ちょっとニンマリしちゃう(笑)
エッセイは未読なり。
かなり興味があります。
あまりに作品が多いので、とうとうガイドブック的な本に手を出しちゃった私です。
ひょいひょい生きてみたいけど、才能が足りなかったなぁ…

投稿: ましろ(ナヲさんへ) | 2005.11.30 19:10

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/55029/7362811

この記事へのトラックバック一覧です: 敬虔な幼子:

« ジャミパン | トップページ | エドワード・ゴーリーの世界 »