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2005.11.10

ねむり姫

20051109_22004 “白”と一言でくくってしまいがちだが、その世界はとてつもなく果てしない。澁澤龍彦・著、野村直子・オブジェ、林宏樹・写真による『ねむり姫』(アートン)という本を前にして、私はそんなことを思った。白の中でも、この本で強い存在感を放っているのは“蒼白”である。青白く血色の悪いことを指し示す言葉である。物語の中で、この言葉が用いられているのは、後にねむり姫となる珠名姫という14歳の少女の肌の形容として。その蒼味を帯びるほどの透きとおる白は、内部から小さな蝋燭を灯したようにほんのりと明るい。いつ消えるとも知れぬ儚げなその様子、憂いを含んだその佇まいは、幼き頃に夢見ていた少女像を彷彿させるものだった。

 白になぜこだわっているのかと問われたならば、それに惹かれる自分を強く感じているからである。白い世界を展開しているこの本に惹きつけられているのは、もちろんそれだけではあるまい。視覚から入ってくる美に加えて、私の中を何周も繰り返しじわじわと速まりながら駆けめぐった活字も、鋭利に刺激しているのだろう。僅かなくすぶりも逃がさず、許さず、認めずに。その絶対的な白は、眩しくも、正しくも、哀しくもある。そして、きっと何よりも孤独なのではないか。白という色と物語の珠名姫は、私の中でそんなふうに噛み砕かれて、その足跡を密やかに残してゆく。魅せられた白は、いつまでも消えない。

 さて、この物語の内容を。舞台となるのは、後白河天皇の頃からその50年後あたりまで。京のなにがしの中納言の娘である、珠名姫の悲しくも美しい物語である。その美しい美貌については先に書いたので省くが、そのふぜいをつくったのは若くして亡くなった母のもたらしたものだったのかもしれない。その死は結果としていくつかの噂と、珠名姫の命を延ばすことに繋がった。それから、珠名姫には3つのつむじのある腹違いの兄がいる。そのつむじは、ささやかで単調な遊びである貝覆いを楽しませ、珠名姫をなんの前ぶれもなく深い昏睡状態へと誘った。その不可解さ、幻想、美意識、絶妙である。

 物語は、もちろんただ美しいだけでは終わっていない。登場人物の背景の奥底にあるものを、決して逃さない。例えば、若くして亡くなった珠名姫の生みの母の抱えていた翳り、腹違いの兄のつむじに纏わる色濃く苦い葛藤、珠名姫に仕えていたはずの者たちの残酷までの心変わり、噂を無遠慮に広める人々の気まぐれな流されやすさ…などなど、物語の隅々にまで気を配り、心をたゆたわせているのだ。その細やかな配慮が、何とも言えず心地よくて深いため息が出る。ふいに訪れる結末も、はらりと花びらや葉が落ちるようでいい。その花びらは、絶対に白で。

4861930197ねむり姫
澁澤 龍彦
アートン 2005-10

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コメント

面白そうな本ですね。
歴史物はあまり読まないのですが、源氏物語のようなのは好きなんです。
私でも楽しめるでしょうか?

投稿: 桜井 | 2005.11.11 16:56

桜井さん、コメントありがとうございます。
これは、きっと気に入られます!自信を持って。
“大人のための絵本”という感じでしょうか。
河出文庫から出ている『ねむり姫』の中の1編のようなので、そちらでも楽しめると思います。

投稿: ましろ(桜井さんへ) | 2005.11.11 21:26

「黒猫画像に親近感」の意味がわかりました(笑)

本書は確かに色味の少ないお話でしたね。
澁澤の幻想文学は初めて読んだのですが、澁澤らしい作品だなぁと思うことしきりでありました。
「つむ」にはエロテックな意味もあり、美しい文体に隠されたエロティシズムが大人の絵本というのにはぴったりですね。

投稿: くろにゃんこ | 2005.12.01 09:00

くろにゃんこさん、コメント&TBありがとうございます。
「黒猫画像に親近感」(笑)とっても嬉しいです!伝わってよかったです。

“美しい文体に隠されたエロティシズム”私もじんじん伝わりました。
まだ澁澤作品は数冊しか読んでいませんが、
この本で更に興味が深まった気がします。

投稿: ましろ(くろにゃんこさんへ) | 2005.12.01 10:14

はじめまして、ねむり姫は澁澤氏の晩年の短篇の中でも愛らしく、好きな1冊です。本リメイク版は読んでおりませんが、原作のイメージがより鮮明に表現されているようですね。唐草物語のレビューをTBさせてください。

投稿: kaz0775 | 2006.01.14 10:01

はじめまして、kaz0775さん。コメント&TBありがとうございます!
本当に素敵な作品でした。幻想的で高潔で。
文字だけのねむり姫はまた、違う美しさを感じるのでしょうね。
「唐草物語」は未読なので、これから読んでみたいと思います!

投稿: ましろ(kaz0775さんへ) | 2006.01.14 13:53

不可解さ、幻想、美意識、本当に絶妙です。
澁澤作品はこれが初めてだったのですが、この世界には妙に惹かれます。
というより、かなり好きです。
読みやすそうなものから手を出してみようかと・・。

投稿: june | 2006.03.17 23:40

juneさん、コメント&TBありがとうございます!
澁澤作品、これを読んでしまうと惹かれますよね。すごく。
私も少しずつ、他の著作も読んでいきたいと思っております。
どれくらいかかるやら、はて。

投稿: ましろ(juneさんへ) | 2006.03.18 00:25

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