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2005.11.23

つむじ風食堂の夜

20051117_087 さらっとした好感の持てる文体、心地よい適度な改行、風変わりでほんのりと奇妙な設定、いずれも文句なく楽しめた作品である、吉田篤弘著『つむじ風食堂の夜』(ちくま文庫、筑摩書房)。クラフト・エヴィング商會名義の作品での読者を魅了するポイントも風味もしっかり押さえつつ、厭きさせない物語展開を見せて読ませる。哲学的とも宇宙論とも思えるような言葉がちらりと出てくるのに、少しも堅苦しくならずにふわふわゆらゆらとたゆたっていられる。そういうやわらかな物語に浸っていられる時間というのは、何とも贅沢なものである。

 物語の舞台となるのは、月舟町の十字路にある無名の店。パリ帰りの店主のこだわりがぎゅっと詰まった店ゆえ、なかなかどうしてふふふふふであるのだ。面白い。人は皆いつのまにか店を“つむじ風食堂”と呼ぶようになり、馴染みの客たちがその店で交流を深めている。人工降雨の研究をしながら“書く”仕事で生活している“雨降り先生”、古本屋の“デ・ニーロの親方”、読書家の果物屋主人、帽子屋の桜田さん、舞台女優の奈々津さんらを中心に描かれる何気ない日々。二重空間移動装置、オレンジ、エスプレーソ、唐辛子千夜一夜奇譚、星を描く仕事、帽子、袖だけの舞台衣装…書き記しておきたいことは、あまりにも多い。

 中でも、インチキ臭い商売で品物を買わせようとする様子が見え見えな古道具屋の親父の言葉がいい。それは、“傷は、そこに人が生きていた証ですから”というものである。無数に残る傷跡だらけの皿について。机について。それは放たれたもの。懐かしい傷、美しい傷、目を背けたくなる傷。一重に傷と言っても、その種類は多岐にわたる。作品の中の傷以外にも、同じ名で呼ばれる傷が世の中には溢れている。例えばそれに囚われる人がいる。苦しんで泣いている人がいる。抱えきれないそれは、“証”というただ1つの言葉に救われる。たった一言に救われる。それにすがり過ぎてはいけないけれど、ときどきは甘えさせてもらいたい。

 それから、あれこれと考えてしまったのは、終焉について。人生の終わりについて。“雨降り先生”の父親の最期というものについて。手品師だった男の消え方とすれば、見事である。後腐れのない絶妙なタイミングで、静かに安らかな余韻を残す。鮮やかな手品のような死は、実際問題としたらあり得ないことなのかも知れないが、理想的なもののように思える。その不思議。その謎。その刹那。死の淵に立たされたとき、私はきっとこのことを思い出す。いや、思い出さなくてはならない。さらりと見える死を。一瞬だけかすめる、風のような死を。風はやわらかに、どこかへ運んでくれるはず。都合のいいところに、ぜひ。

4480421742つむじ風食堂の夜 (ちくま文庫)
吉田 篤弘
筑摩書房 2005-11

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コメント

こんにちは、初めまして(^^)。
TB、ありがとうございました!

久しぶりに幸せな気持ちになる本を読んだ後で、偶然こちらのブログを発見しました。
すごい、いろいろ読んでいらっしゃいますね。
今まで読んだことのない作家も多くあり、これから何を読もうか悩んだとき参考になります。

あと、猫の写真も素敵ですね。
また、お邪魔しますね~☆

投稿: Mamy | 2006.01.27 17:00

Mamyさん、コメントありがとうございます!
その偶然に感謝致します。
ほとんどこの本に関する記事を見ないままだったので、何だかちょっとウキウキしてしまいました。
詩的に書いてらっしゃったMamyさんの記事も素敵でしたので、つい舞い上がりつつ。
ぜひ、またいらしてくださいませ。私もまたお邪魔しますね。

投稿: ましろ(Mamyさんへ) | 2006.01.27 23:10

こんばんは♪

この本、内容もだけど、装丁も素敵ですよね。
以前、読んだときは単行本で読んだのだけど
表紙が黒で背表紙が真っ白。
この物語に出てくる猫ちゃん(オセロだっけ)なのね。

今回文庫で読み直したら、表紙のタイプライターの文字のような独特な滲みはそのままだったけど
背表紙が文庫の背表紙になっていてちょっと残念でした。

ましろさんの記事の「“証”というただ1つの言葉に救われる。たった一言に救われる。」というところ
思わず、大きくうなづいてしまいました。

投稿: nadja | 2008.07.22 01:36

nadjaさん、コメント&TBありがとうございます!
本当に、内容も装丁も素敵な本ですよね。
再読したい気分がふつふつとわいてきてしまいます。

「“証”というただ1つの言葉に救われる。たった一言に救われる。」
という部分について、共感してくださってありがとう。
たぶんわたしも消えない傷を抱える人間の一人だから。
お皿の傷しかり。心の傷しかり。
きっと、誰しもが何かしらの傷を抱えて生きているのだろうけれど、
それを生きてきた証として受け入れることができるならば、
とてもとても素晴らしいことだと思うのです。
生きる糧になる。
もちろん、それに甘え過ぎちゃいけないんだけれどね。

投稿: ましろ(nadjaさんへ) | 2008.07.22 09:34

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» つむじ風食堂の夜 [Nobody knows]
とても不思議だけど、後味の良い夢を見たような作品に出会った。 吉田篤弘著「つむじ風食堂の夜」(ちくま文庫)である。月舟町という何処にでもあるような架空の町に住む、ちょっと風変わりな住人達と、雨を降らせる研究をしている主人公「先生」との、何気ない日常のやり取り。彼らが集まるのは、パリ帰りの店主がやっている安食堂、そこが「つむじ風食堂」だ。「雨を降らせる研究」をしている「先生」は、食うために仕方なく「書く仕事」をしている。雑誌などに掲載されるコラムのことだ。「先生」の文章はけっこう評判が良いらしく、本... [続きを読む]

受信: 2006.01.26 22:24

» つむじ風食堂の夜 [L'espace du livre*]
もうね なんだか最近 重くて重くて・・・ 見かけだけでも軽くしたら 重苦しい気分、少しは軽くなるかな、と 髪をカットしに出かけてみた そこで手放したことをちょっと後悔していた本に出会って カラーも追加オーダーして一気読み [ つむじ風食堂の夜 吉田篤弘 ] (ちくま文庫) 十字路の角にぽつんと灯をともしている食堂 十字路はあちらこちらから風が集まってきて いつもいつでも つむじ風が旋っている つむじ風は何を巻き上げているのだろう ... [続きを読む]

受信: 2008.07.22 01:23

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