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2005.11.18

年老いた子どもの話

20051117_060 ある欺瞞がもたらした不思議な物語を読んだ。一体何のために?何を望んで?きっとその答えは、たった1人にしかわからない。そう思った、ジェニー・エルペンベック著、松永美穂訳『年老いた子どもの話』(河出書房新社)。Modern&Classicシリーズの作品は、これで4冊目。名前も住所も家族もわからぬまま保護された女の子。彼女は空っぽのバケツを手に、夜道にただ立っていた。14歳という年齢以外を明かすことなく、彼女の施設での暮らしが展開してゆく。その年齢にしては立派な体格をしていたが、周囲はそのことに深い関心を示さない。彼女の振る舞い、信念、佇まいの謎は、結末まで曖昧なまま読み手に委ねられる。このタイトル、なかなか考え抜かれている。

 ただ自分が14歳だとしか言えぬ女の子は、自分を最も低く落とすことで心を穏やかにしていた。一番弱い存在に自分を押さえておけば、同じ場所を永遠に持ち続けることができるのだと思って。その徹底的な振る舞いは、いつのまにか彼女のものとなり、意識することなしに取って付けたような愚かさを保つようになる。自分自身の首を絞めていることに気づくことなく。生まれながらにして規則を心得ている者のような従順さ、押し寄せてくる敵意に耐える秩序、序列の中で一番安全と思われる最下位に彼女はこだわる。高い地位を得るために、人はその能力や相応しさを示さなくてはならないが、最下位を示す必要はないのだからと。

 そんな彼女に対して、周囲は冷たい。施設での彼女の立場はほんのりと変われども、やはり周囲は彼女に冷たいと言えるだろう。存在を無視されることも、都合よく利用されることも、どちらにしても彼女の状況がよい方向にあるとは言い難い。思えば彼女は何かをしたわけではなかった。ただ周囲の気まぐれに付き合わされただけ。深い沈黙の中にいる彼女は、自分自身のことを話す変わりに、周囲の人間の語ることに耳を傾けているように見せていただけなのだ。自分のことを語り始めてしまったら、彼女の運命は大きく変わっただろう。よい方向にも悪い方向にも、どんな方向にも。そうなったら、この物語は生まれていないだろうが。

 多くの人は、皆自分の話をしたがる。相手の話を途中で遮ったり、口を挟んだり、それを自分の踏み台に利用したり。打ち明け話をした相手をことごとく後悔させるのは、そういうものだろう。私自身もそう。たわいのない話だろうが何だろうが、主役になるのは気持ちのよいものであるから。放ってしまった言葉を取り消すことができるのなら…。この物語での女の子は主役になることなく、どこまでも脇役を貫いている。物語の主人公にこんな思いを感じたのは、もしかしたら初めてのことかも知れない。彼女のその徹底ぶりが、いかに人に求められているかということを改めて知った気がする。助言など何もなくても、人は自分の問題の糸口を見つけてゆく。彼女にも、そうであって欲しい。

4309204007年老いた子どもの話 (Modern&Classic)
松永 美穂
河出書房新社 2004-02-11

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