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2005.11.04

ある人生の音楽

20050618_020 ソヴィエトという時代を、私はよく知らない。ほんの少しわかったのは、ただ一人の男に関する悲しみだけだ。時代に押し流され、他人の人生を生きることを余儀なくされたその男の物語ある、アンドレイ・マキーヌ著、星埜守之訳『ある人生の音楽』(水声社)。この物語には、淡々と静かに、でも力強く、かつてピアニストを夢見ていたその男の思いが描かれている。読みながら感じていたのは、文章の密度の濃さと場面の変化のゆるやかさ。そして、ピアノや音楽に対する気持ちの密やかさ。閉鎖的にも思えるその描き方が、時代背景や主人公の男の心情にしっくりくる気がして、何とも心地よく思えた。結末の余韻は格別にいい。

 描かれる悲しみ。それは、本当の家族と離れてしまったことでも、音楽から遠ざかってしまったことでも、すっかりなりすましてしまっている人物として生きることでも、どれでもないように思える。そこにあるのは、もっと抽象的な事柄、例えば人が互いに与え合う愛情、平穏、休息、その全てをひとまとめにする幸せというものの単純さに纏わる虚しさではないのか。何のために。誰のために。その意味すら見出せない他人の人生を生きる男には、忘却と引き換えに掴んだものがひどく安易なものではなかったのか。彼が選んだ安易さからくる結果だからだろうか。それとも、私たちの選ぶものというのは、皆意外とそんなものなのか。私の中には疑問ばかりが浮かぶ。

 後半、男が恋心を向ける少女がいる。ピアノを弾く少女は、ある種のゲームを楽しむ。少女は男を自分の傍らに置き、楽譜をめくらせる。そして、男を呼び、その顔を見、そして忘れ、美しい顔立ちの男性を想像する。男は、少女が待ち望んでいたような人物ではなかったが、その想像をかき立てる素材としては充分だったからである。前の日に思いめぐらせた筋書きどおりの、男とのやり取り。それは、描いた物語と現実を混同しつつ、少女を豊かにするものとなる。その残酷とも言える無邪気な遊びに、私は惹きつけられてしまった。多分きっと、私の中に心当たりがあるからなのだろう。その行為のもたらす結末に少々怖さを感じながら、読み進めるのを止められない。

 この作品、137頁という短さ。けれど、読み終えるのにかなりの時間を要した(実は4日ほども…返し縫いのように読書)。これぞ文学作品と思えるような文章ゆえ、読み手をするりと入り込ませない堅さがあるのだ。すらすら読ませるような軽さは微塵もない。けれど、強く惹きつけられる文章である。もともと海外作品を読むのを苦手とする私には、この作品世界に入り込むことが困難だった。それでも何とか読み終えようと耐えたのは、この作品の表紙に惹かれていたからである。その、片目のつぶれた男の姿は、とてつもなく私を惹きつけて、心をかき乱したのだ。“この作品を読めないようなら、おまえには本を読む資格などない”そんな言葉を放っているような、鋭くも冷たくもある目…読み終えた今でも、痛くなるような。

4891764724ある人生の音楽
Andre¨i Makine 星埜 守之
水声社 2002-12

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