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2005.11.27

ジャミパン

20051117_069 物語に喚起されて思い出すいつかの光景が、愛おしくなってきたのはいつ頃からだろう。悔しいものや苦いものは嬉しいものよりも多くを占め、楽しいものはほんの一瞬でしかない気がしてしまうけれど、そんな気持ちをおしなべて平らにするように、今は全てが愛おしい。周囲の大人を冷静に見つめる少女と、奔放で魅惑的な母親との物語である、江國香織・著、宇野亜喜良・画『ジャミパン』(アートン)は、私の愛おしい思いをあたたかに刺激した。“ジャミパン”というのは、物語の中で母親が軽蔑をこめて放つ、ジャムパンの呼び方。あんぱんやクリームパンと比べて、ジャムパンを格下だと思っているのに、よく食べるのが何となく格好いい。

 少女は母親と二人暮らし。はじめからいない父親代わりの叔父が一人いる。その生活に、少女は何も不満はないらしい。母親のいうところの“やりくり”も旨くて、成績も良い。そんな少女を、母親はいつもほめて抱きしめてくれる。少女は、母親を誇らしく思っていて、その仕草や口調、周囲を鋭く冷静に眺めている。季節は夏。その匂い。その音。その光景。どれもが、いつか確かに私も感じて見ていたような錯覚に陥る。私は物語の少女みたいに“やりくり”が旨くなかったし、周囲の大人と親しく話すこともできなかったのだけれど。この感覚は、なかなか思うように言い表せない。

 そういう錯覚がさらに深くなったのは、“たいした女じゃないね”という少女の言葉。ずっと父親代わりとなってくれた叔父の連れてきた結婚相手に向けられたものだ。その言葉は、かつて私が“たいした男じゃないね”とつい洩らしてしまった出来事を、はっきりと思い出させた。口数が極端に少なくて、首を縦に振るか横に振るかの幼かった頃、密かに自慢だった美人な従姉が彼氏をはじめて連れてきたときのことを。従姉はひどくショックを受けたのだと、何年も経ってから私に直接言った。けれど私は心から誰かを好きになるまで、その言葉の重さに少しも気づかなかった。

 その従姉。自慢の従姉に完璧に相応しい、いやそれ以上の相手と結ばれた。今度はいつ会えるのかも知れないような遠い場所で、きっと穏やかに暮らしている。私は今もなかなか上手く話せないままだけれど、やっぱり誰かに自慢したいくらいに従姉のことが好きなのだと思う。嫌いなところも、もちろんある。そっちのほうが多いかもしれないくらいに。もしもまだ、従姉が私の無責任な一言を覚えているのならば、今度は私に向けて遠慮なくその言葉を放って欲しい。そして私はやっぱり、従姉と同じようにひどくショックを受けるのだ。賢い従姉は、もっと旨い言葉を使うかな…

4901006819ジャミパン
江國 香織
アートン 2004-09

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コメント

なんだか切ない思い出だね。

私も知らないところで誰かを傷つけてるんだろうなぁって思ったらちょっと怖くなった。

でも、それ以上にあったかい言葉を言いたいって思うよ。

なかなか上手くいかないかもだけん、ガンバルにゃあ!!

投稿: ユエ | 2005.11.29 20:02

ユエさん、コメントありがとうございます!
そうなのです。怖いの、とっても。
つい憶病になってしまうけれど、私もこれからはたくさんのあったかい言葉を言いたいと思います。
お互いにガンバルにゃあ♪

投稿: ましろ(ユエさんへ) | 2005.11.29 21:58

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