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2005.11.07

土の中の子供

20051101_22038 “なんでそんなの読むの?”その問いがいつまでも残る、中村文則・著『土の中の子供』(新潮社)。物語は、幼い頃に虐待されていた男の中に潜む“何か”や、望む“何か”を中心に描かれる。人間の本質に迫る重いテーマ。それが描き切れているとかいないとかについては、私が判断できることではないので書かない。著者の作品が、私の好みだということはしっかり書かねばと思う。『悪意の手記』『遮光』『』と読んできて、著者の描こうとする世界がすっかりしっくりまったりと私の中に馴染んでしまったのだ。人はそれを“暗い”という一言で片づけてしまうかもしれない。だとしても私は、物語が尽きるまで、厭きるまで、読もうと思っている。

 さて、冒頭の問い。これは、主人公の男が読んでいる本の傾向が暗い内容のものばかりであるということに関する、彼女(というには微妙な存在)の言葉である。その問いに対しての男の答えは、“救われる気がするんだよ。色々考え込んだり、世界とやっていくのを難しく思ってるのが、自分だけじゃないってことがわかるだけでも”というもの。この言葉を読んだ時点では、そういうものなのかなぁ…程度だった私。でも、後半になればなるほど、この言葉が表面的なものだということに確信を持った。暗いものを読む目的はそれぞれだろうが、私は宣言してしまいましょう。妄想のためだと。現実逃避の手段であると。

 物語の方に話を戻そう。惹きつけられたのは、後半の男の中に疼き出した確かな思いについての部分。そして、幼き頃の人生を左右した事件に纏わる記憶について。どちらも強く粘るほどの意志が感じられる。底力とも言うべきそれが、私には心にじわじわと染み込んでゆく痛みに思えて、残虐な場面よりも悲痛な思いが溢れる場面よりも印象深い。人の強さを覚えるときというのは、同時に弱さも痛みも哀しみも、憎しみだって含むものなのか。その複雑さに、その豊かさに、高ぶってゆく思い。単純な自分自身が、影響されやすい浮気な私が、今とても好ましく思える。

 この『土の中の子供』には、短篇「蜘蛛の声」も収録されている。こちらは、橋の下に潜み続ける男の話。どこまでが現実なのかわからないその世界は、様々な想いを読み手に浮かばせるもの。男は狂っているのか、夢を見ているだけなのか。それとも境界線を失い、何かに浸食されてしまったのか。それは退屈に支配された男の欲求のかたまりか。自分を変えようとしたゆえの幻か。人生の果てにある現実か。蜘蛛が張りめぐらせた細く美しくもあるその糸を、思いのままに指でそっと触れるだけ。そんな些細な悪戯で狂わせることができる運命のように、向こう側に行くことは案外簡単なのかもしれない。

4101289522土の中の子供 (新潮文庫 な 56-2)
中村 文則
新潮社 2007-12

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コメント

結構、芥川賞のあとにいろいろ言われているようですが、若い世代の小説家にしては真摯すぎる作品を書く人だなぁと思いました。
綺麗事で片づけないあたりが、研究している気がします。文も練っていると本人が言ってましたが、確かにそうだなぁと感心してしまいました。

投稿: 早乙女 | 2005.11.07 20:45

なぜ、暗い小説を読むのか。救われるから。私もこの作品で一番印象に残ったところです。「現実逃避」。私もそれに近接した感じ方をしました。
でも毎日毎日現実逃避をしたくなるような現実社会をなんとか生きてきた60年あまりですから、そこに閉じこもってしかいられない精神が一人前に自己主張しているようで、それを抽象世界のお話だとして割り切って読むには既に老い過ぎたと思っています。

投稿: よっちゃん | 2005.11.08 09:51

早乙女さん、コメント&TBありがとうございます!
ホント色々と言われてますよね。
あまり良い意見を聞かなかったので、早乙女さんのコメントにほっとしました(笑)
若い世代の作家さんの中では、私の中では特別になっております。
文章の密度と描くテーマが好きです。いや、大好きなのか。

投稿: ましろ(早乙女さんへ) | 2005.11.08 21:39

よっちゃんさん、コメント&TBありがとうございます!
同じ部分でしたか。とても感慨深い気がします。
老い過ぎただなんて。そんなそんな。私は現実をうまく生きられず、ヤワな自分を誤魔化しながら物語の世界に逃げてばかりなので、何だか恐縮してしまいます。
逃避ばかりではいけないですね…

投稿: ましろ(よっちゃんさんへ) | 2005.11.08 22:12

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受信: 2005.11.07 20:37

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受信: 2005.11.08 09:58

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