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2005.11.05

いつもそこに あなたがいた

20051104_036 確かにいたはずの人の不在。それも死。それに伴う喪失の悲しみや痛みを、ほんのりとやわらげてくれる癒しの物語が、ゲイル・ゴドウィン著、野の水生訳『いつもそこに あなたがいた』(DHC)である。作曲家の夫と小説家の妻。30年一緒に暮らした2人の楽しみは、夕方5時からのカクテルタイム。お気に入りのグラスでお気に入りの椅子に座り、とりとめもなく話す特別なひととき。けれど、そんな2人の日々が永遠に続くことはない。人は皆、いつか死ぬ定めとなっているのだから。その揺るぎない事実。変えられない運命。そんな中、逝ってしまった夫に向けて静かに語りかける妻の深みのある心に、その前向きさに、読み手である私はぐいぐい引き込まれた。

 この物語で印象的なのは、妻クリスチーナが、夫ルーディがかつて座っていた椅子までの距離を測るところ。想い出を辿り推しはかるのではなく、実際にどれくらいの距離があるのか本当に測るのである。可愛い。もの凄く可愛い。この行動だけで、私はクリスチーナにかなりの好感を持ってしまった。測定結果は、ルーディの膝からクリスチーナの膝まで約2メートル。長い?それとも短い?一緒の時間は、意外と離れていたのかもしれない…そんな思いが私の中に浮かんできて、喪失の痛みは後悔へと移ろい始める。きっと、読み手に伝わってくる親密さ以上に、2人は強い結びつきがあったのだろうけれど。

 もうひとつ印象的で素敵なのは、作曲家である夫ルーディが、結果的に最後になった曲を作っていたときのテンポのままのメトロノームの存在。昔ながらのピラミッドの形をした木製のものではなくて、機械的な小さな石英のものなのが少々味気ないけれど、その分正確にリズムをキープできるはず。長期間。ずっと何年も。壊れるまで乱れることのない、一生ものの彼の鼓動のようなアンダンテの中間。この繰り返される一定のリズムに、クリスチーナは彼の秘めていたエネルギーと安らぎをもらうのだ。ロマンチックなエピソードの影には、計り知れない悲しみや痛みがあるはずなのに、そういうものを拭い去るくらい私の中にまでじんわりと残る。

 そして、この作品を語る上で忘れてはならないのが、物語に彩りを添えるイラストの数々である。線だけで書かれたシンプルなもの。シンプルながら、物語の中で大切にされているものが描かれているのだ。例えば、ルーディの椅子、クリスチーナの机に置かれたルーディのメトロノーム、カクテルタイムに欠かせない冷凍庫のジンとタンブラー、ルーディのいない日々を物語るベッド…などなど。それらのイラストは解説によると、著者の友人である建築家のフランシス・ホールズバンドによるものだとか。最後に驚きだったのは、この物語が著者と亡き夫の分身であるらしいこと。どう読むかはそれぞれ。

4887243782いつもそこにあなたがいた
Gail Godwin 野の 水生
DHC 2004-12

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