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2005.10.20

ロサリオの鋏

20051010_22112 中南米はコロンビア第二の都市メデジンを舞台にした、美貌の殺し屋ロサリオの物語である、ホルヘ・フランコ著、田村さと子訳『ロサリオの鋏』(河出書房新社)。海外文学のModern&Classicシリーズの第1回配本(2003年12月より)となっている。ロサリオ・ティヘーラス。それは彼女の本当の名ではない。“鋏”を意味するティヘーラスとは、彼女のあまりに悲痛な過去の出来事からとった名前である。物語は、至近距離から撃たれたロサリオが病院へ運ばれる場面から始まる。彼女に付き添う男の視点で、彼女を巡る追憶が静かに、けれど熱っぽく語られてゆく。1つ1つのエピソードは鮮やかで美しく、そのスピード感に引き込まれる。

 この物語の中で印象的なのは、時間軸の設定である。ゆるやかに流れるのは、手術室に運ばれたロサリオを待っている時間。待っている男は、ときどきその時間に引き戻されつつ、彼女との過去を思い出して、追憶に浸っている。彼女の語った過去の出来事、彼女自身のこと、大切な人に関する思い、男に対する気持ち…などなど。そういう事柄を読み進めるうちに、1つ気づくことがある。どんなに読んでも、繰り返し理解しようとしても、本当の彼女の姿がわからないということを。彼女が語ることは、微妙に矛盾しているばかりでなく、心から信じることができない。信じられないからこそ、理解できないからこそ、魅力的な人物に思えるのかも知れないが。

 そして、ふと物語の中から遠くへ視線を移したとき、読み手は、彼女(ロサリオ)の近くに寄り添いながらも、永遠に恋人にはなれない語り手の男と同じような立場にいるのだ。いつだって彼女のことを思っているのに。こんなにも愛しいのに。彼女は気まぐれで、暴力的な激しさを持ち合わせていながら、人を愛することに対してはドライである。取り巻きの仲間が彼女に何を求めているのかを熟知していたし、それを利用する術も心得ていた。裏切られるようなことがあれば、キスで償いながら至近距離で罰することもできた。その冷酷さを、そのまま自分自身に返されるとも知らずに。男の中の執着、束縛、憔悴は、流れに逆らうほどに悪循環となってゆく。

 私は物語の舞台となっているメデシンについて、何も知らないまま物語を読んだ。時代背景が、麻薬戦争中であった80年代だったことも、マフィアのテロが激化していった時期であることも。ロサリオのような若者が、生きてゆくために危険な選択肢をあえて選んでいるという厳しい現実も。何も考えないままに。彼らの中では、人を殺すことも自分が死ぬことも全く意味が異なるらしい。むしろ、意味なんてものはないのかもしれない。訳者によるあとがきに書かれている“人生は一瞬のことなのだから”という文字を見てしまった私は、心苦しさを抱えてしまった。ロサリオの物語を楽しんではいけないのではないか。この物語を“面白い”なんて、言ってはいけない気がして。

4309203981ロサリオの鋏 (Modern & classic)
田村 さと子
河出書房新社 2003-12-13

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