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2005.10.29

花のレクイエム

20051026_22020 12ヶ月の季節の花々をモチーフに描かれた、美しい12の物語である、辻邦生・著『花のレクイエム』(新潮文庫)。物語のひとつひとつには、山本容子による銅版画が添えられ、頭の中に浮かんだイメージを心地よく刺激する。文章とは別の物語を抱いているのにもかかわらず、決して乱さない。彩りを加えつつも、控えめな佇まいである。四季折々の花々は、香しいであろうその匂いを、鮮やかなその色を、読み手に感じさせる。眩しいほどの白だったり、滲むような赤だったり…例えそれが、見たことも聞いたこともないような花であっても、奥底に眠る深い場所でなら見えるような気がする。

 心惹かれた物語について書く。まずは「アネモネ」。それは、慎ましく暮らしていた叔母が好きだった花。アネモネの季節になると、部屋中に色が溢れていた。生涯独身で野心もなく地味に縫い物をしていた姿などを思い出し、そんな一生は嫌だと思っている主人公。叔母がいなくなった家に残る品々から、これまで知ることのなかったその姿や生き方、情熱に気づくことになる。この物語の良さは、色である。真っ白な雪の中に、鮮やかな紫や赤のアネモネが一輪一輪投げられる様子は、恥じ入る気持ちを秘めた艶めかしさに溢れているように思える。そして、女の情熱を。静かにじわじわとくる類の。

 続いて「向日葵」。放浪癖のある長兄とお手伝いの滝との関係を、密やかに見守る弟。結局、結婚せずに働き続けた滝。放浪の末、異国で亡くなった長兄。その長兄が好きだったという花を絶やさなかった滝は、こんなことを言う。“私は向日葵を見ると、あの方がここにいると思っていました。でも、向日葵だったのは滝のほう。お日様に憧れて、夏中、お日様に顔を向けながら、結局、恋い焦がれて、しおれてしまうんですものね”と。はっとした。花は皆、そういう運命にあるのだっけ。私は、自分自身が物語の美しさだけに囚われてしまっていたことに気づかされる。儚さは、忘れやすいのかもしれない。

 最後に、物語のタイトルとなっている花を挙げておく。山茶花(一月)、アネモネ(二月)、すみれ(三月)、ライラック(四月)、クレマチス(五月)、紫陽花(六月)、百合(七月)、向日葵(八月)、まつむし草(九月)、萩(十月)、猿捕茨(十一月)、クリスマス・ローズ(十二月)。400字ほどの短い物語は、その中で見事に起承転結を守り、ぎゅっと凝縮されている。読後感がよいのは、文章が簡潔で洗練されているからなのだろう。咲き誇る花々を前にして物語を読んだら、きっとその美しさに酔いしれてしまいそうだ。文章だけでも魅惑的なのだからなおさら…私の愛しい花は何だったかな。

4101068119花のレクイエム (新潮文庫)
辻 邦生
新潮社 2002-12

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