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2005.10.08

人はなぜ生きるのか?

20050807_222123 本日はトルストイを。ロシアの小説家・思想家である彼の作品をきちんと読んだのは初めて。いつかは読まねばと思いつつ、気がつけばはらりと10年くらい経ってしまっていた。名作である「戦争と平和」とか「アンナ・カレーニナ」では分厚すぎるし、自伝的作品から入るのは時代背景を考えると少々勇気が必要。そんな憶病な私にもぴったりぐっときたのが、トルストイ・著、名越陽子・訳『人はなぜ生きるのか?』(GAKKEN)。この作品は、ロシア国民の拠り所である民話を土台に、わかりやすい平易な言葉と表現を用いて描かれているもの。それに加えて、日本の風景写真(おそらく東京)が物語に彩りを添えている。トルストイと日本の街並み。なかなか面白い組み合わせだ。

 物語は、貧しい靴職人夫婦と天使ミハイルによって織りなすもの。「人には何があるか」「人には何が与えられていないか」「人は何で生きるか」という神からの問いに対する答えをミハイルを通じて見つけてゆく。宗教的なもの、国民性、時代背景、そういうものを取り除いても、この世に普遍的に私たちの心の中に残り続ける言葉の数々。それは、自分自身を否定する気持ちも、他者を憎む思いも、私たちの内にあるその他様々な事柄を呑み込むほどにシンプルである。そして、深い。たった一言なのに、ありふれた一言なのに。悔しいくらいに清くて強い。人は、清く正しいばかりではいられないのだけれど。

 ここで少々物語のあらすじを。貧しい靴職人のセミョーンは、コツコツと貯めたお金を手に毛皮の外套を求めて出発するのだが、買えないまま家路へ。その途中、小礼拝堂の近くに裸の人間を見つける。そのまま素通りしようとしたものの、良心が疼いて自分の着ていた上着を差し出す。自分について多くを語らないその人(ミハイル)を家に連れ帰ることを決めたセミョーンは、妻マトリョーナを何とか説得して新たな暮らしをスタートさせる。靴の注文をしにくる様々な人々、心に引っかかるミハイルの表情と行動。ほとんど何も話さず、どこかに出かけもしないミハイルに読み手側は惹きつけられてゆく。

 印象的なのは、物語の後半のミハイルの語り。それまで多くを語らなかっただけに、じわじわと心の奥底に響いてくる。神からの問いかけに、何年も黙って一人で答えを見出したせいだからなのか。罰せられたゆえの日々の中で、ミハイルはじっと時がくるのを待っていた。先に挙げた3つの問いへの答えがわかる日を。ミハイルの視点から見た人々の様子は、これまでに感じたことのない不思議なもであるけれど、真実でもあった。たくさんの様々な痛みや苦しみの果てには、私の望んだものが確実にあるのか。これ以上でもこれ以下でもない、心が満ちる場所へ行けるのか。身勝手な思いに、ほのかな期待がちらり。私は結構欲深かったのか。

4054024971人はなぜ生きるのか?
トルストイ
学習研究社 2004-09-29

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コメント

トルストイはいいですね。時代を超えた普遍的な価値を見つめ続けた世界的哲人だと思います。
トルストイの作品や生涯を見ると、「生活即信仰」という視点が感じられます。日本人になじみの薄い視点だけに、そこに一種の新鮮な感動をおぼえます。
最近は世界的傾向として、いわゆる世界文学と言われている本が売れなくなってきているそうです。科学技術の進歩で、スピードや変化が重んじられる価値観が背景にあると推察されますが、逆にそういう時代だからこそ、時間を見つけてトルストイが説くような普遍的な思想に目を向ける必要があると思うのです。そうでなければ、自分の中から「何のために」という根本の目的観、生き方の背骨のようなものが欠如してしまうからです。それでは、これからの社会そのものが暴走して、とんでもない方向に突っ走ってしまうかもしれません。
特に若い世代の人は、多少我慢しても世界文学を読んでほしいですね。そこには磨きぬかれた思想・哲学があるからです。日本文学が悪いというわけではありませんが、芸術性が高いわりに、思想・哲学の面で弱いのです。


ちょっと硬い話になってしまいましたが、意図するところを理解していただければ幸いです。

投稿: デミアン | 2005.10.08 18:54

デミアンさん、コメントありがとうございます!
新しい最近の作品にばかりついつい目がいってしまう私としては、少々痛いお話。
こうしてときどき世界文学とか文豪といわれる方々の作品とかを読むと、“時代をこえて残ってゆくもの”の良さが胸にしみてくるのですが…なかなか手が出ないのは、きっと文体や行間に加えて、どうしても(難しい印象から)構えてしまうせいかなと思っています。
そういう意味では、今回読んだ本のようにビジュアル的な要素も含めつつ、気軽に読ませる本の存在は、今後多くの人に求められるのかなと感じました。
トルストイについては、まだまだ知らないことが多すぎるので、もっともっと読まねばなりませぬ。自分の糧になることを期待しながら。

投稿: ましろ(デミアンさんへ) | 2005.10.09 11:40

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