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2005.10.15

20051010_054 拳銃を拾った男が、その魅力に惹きつけられ影響されてゆく物語、中村文則著『』(新潮社)。“拳銃を手に入れる”という出来事は、男にとって浮ついた夢の中のようでもあり、今までの記憶の中でも異質なもの。そして、リアルさを欠くようなものでもあった。歓喜と不安を感じさせ、圧倒的な美しさと存在感を放つ拳銃は、様々な可能性に満ちているように感じられた。退屈の色に染まった日常は、男にとって好ましいものになってゆく。拳銃のおかげで。よい意味でも悪い意味でも。これまでの日々が少しずつ変わってゆく様、男の内に秘められた感情、そういうものが密度の濃い文章で描かれている。

 “拳銃を手に入れる”それは、日常に溢れる出来事ではない。少なくとも日本にのほほんと生きる私にとっては。この作品に描かれている男にとっても、本来なら日常ではないはずなのだ。男は、ごくありふれた学生である。少々軽薄な面持ちではあるけれど、それは私の知っている誰かを思わせたくらいのもの。退屈と憂鬱と欲求を抱えた若者というのは、数え切れないくらいたくさんいるだろうし、その中には自分の内に湧いてきた感情を露わにする者もいるかもしれない。自ら微妙なバランスを崩してしまう者もいるかもしれない。この作品の男のように。理性だとか道徳だとか、そういう類のものは時としてあまりにも軟弱で曖昧である。

 物語の中には、心にじんと響く言葉がある。それは、幸せの定義のようなものだろうか。施設で暮らした経験から、主人公の男の中で多くを占めていた思いである“考えなければ不幸にはならない”というもの。自分の身の上に何が起ころうとも、そのことを意識して考えなければ不幸として成立しないという意。まだ幼かった男は、その考えを自分の中に置き、バランスを保っていた。ある意味卑屈なその考えは、男の唯一の救いだったのだろうか。目に見えない救いの存在を感じた私には、男の辿り着いた救いが目に見えるものに変化したようにも思えた。そう、例えば拳銃とか…極論だけれど。

 その他、男の“逃避”にも注目したい。特に、内面的な意味合いでの“逃避”に。物語のはじめと後半で、拳銃に魅せられながらも、その存在から逃れたい気持ちが読みとれるのだ。具体的には述べないけれど、やらなければならないことをつい先延ばしにしてしまう人間の性質。それが細やかに描かれているのだ。“拳銃を手に入れる”というリアルさを欠いた設定の中に、こういう場面があったおかげで、主人公の男に寄り添えた気がした。そんな自分に対して、単純さと影響の受けやすさを感じつつ、中村文則という作家の作品に好感を持っていることに気がついた。小説を、現実逃避の手段としていることに罪悪感を覚えながら。

4101289514銃 (新潮文庫)
中村 文則
新潮社 2006-05

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コメント

TBさせてもらいました。
中村文則は二作品目でしたが
これはおもしろくてサクサク読まされました。

ましろさんのいう「幸せの定義」とやらの話、
ぼくは触れてませんが、
忘却というか逃避していく登場人物の姿を読むと、
きりきりと胸が痛みました。

中村文則チェックしてきます。

投稿: スマイル | 2008.02.24 01:02

スマイルさん、コメント&TBありがとうございます。
3年も経ってしまうと、あまり作品について語ることはできないのですが
(しかも拙い記事で申し訳ないデス)、
この作家さんの作品はどれもこれも貪るように読みました。
内省的な語り口や卑屈の度合いが妙に肌に馴染むし、
若手の“純文学”という雰囲気が好きなのです。
これからも追いかけてゆくつもりでいます。
他の作品も読んだら、ぜひレビューを読ませてくださいね。

投稿: ましろ(スマイルさんへ) | 2008.02.24 11:46

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» 中村文則『銃』(新潮文庫) 銃 [門外漢の独り言]
本作で中村文則の作品は、二つ目なのだが、かなり面白く読めた。 不意に現れた「拳銃」という絶対的な存在によって、主人公の未来が決定づけられていく、 という一見特異な設定なのだが、読後には、その設定が必然的というか、 極めて巧妙な仕掛けとして機能させられたこと..... [続きを読む]

受信: 2008.02.24 00:47

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